校長先生 こうちょうせんせい
とじる
 百合小の初代(しょだい)の校長先生(こうちょうせんせい)は中村利次(なかむら としつぐ)先生です。  たくさんの児童(じどう)がいたのに、校長先生はみんなにはなしかけてくれました。 私もいっしょにおはなしをしたことがあり、身近(みぢか)に感(かん)じていました。

 校長先生はこどもたちに、いつもくりかえして自動車(じどうしゃ)に注意(ちゅうい)するようにおっしゃっていました。  当時(とうじ)は交通事故(こうつうじこ)がとても多く、交通戦争(こうつうせんそう)といういことばもあったくらいです。

 ところが、校長先生ご自身(じしん)が交通事故(こうつうじこ)にあい、しばらく学校を休まれたことがありました。

 先生はそのころ人気(にんき)のあった、てんとう虫のような形の小型軽自動車(こがたじどうしゃ)「スバル360」をつかっておられました。  だから、私は最初(さいしょ)、小さな車(くるま)が大きな車にぶつけられたのかな、と思ったものです。

 実際(じっさい)には、校長先生が地方(ちほう)に出張(しゅっちょう)された時(とき)に、 路面電車(ろめんでんしゃ)が身体(からだ)にぶつかってけがをされたということであった、とおぼえています。  しばらくしてから元気(げんき)になって学校にもどられ、ふたたび朝礼(ちょうれい)の時に「交通事故には注意しましょう」とおはなしされていました。

あるクラスの記念写真(きねんしゃしん)です。  まんなかが初代校長(しょだいこうちょう)の中村 利次(なかむら としつぐ)先生(せんせい)です。

 南側(みなみがわ)の校舎(こうしゃ)は、まだ三分の一(さんぶんのいち)くらいしかありません。

 写真からこのクラスに44名の児童(じどう)がいたことがわかります。 また、初夏(しょか)の小学生の服装(ふくそう)もわかります。

さつえい:1966年6月9日(S.41)

【路面電車】
[ろめんでんしゃ]
東京(とうきょう)にある都電荒川線(とでん あらかわせん)のように、自動車(じどうしゃ)とおなじ道路(どうろ)の上をはしる電車。

右の写真は最近の都電荒川線です。 東京都北区の飛鳥山公園(あすかやまこうえん)の前で撮影(さつえい)しました。