学校の門 がっこうのもん
とじる

 百合小には西側(にしがわ)の正門(せいもん)、東側(ひがしがわ)のバス通(どお)りの門、 百合ヶ丘駅前(えきまえ)につながる裏道(うらみち)の門、 そして校庭(こうてい)の南側(みなみがわ)の階段(かいだん)のある道に出るところにも門があります。

 今は、学校がフェンスでかこまれていて、門にはとびらがついています。  しかし、昔(むかし)はかこいもなく、自由(じゆう)に出入りができました。

 だれでも勝手(かって)に校庭に入ってよいということではなかったと思いますが、 放課後(ほうかご)に外の人が散歩(さんぽ)に入ってもしかられません。

 門をつくって鍵(かぎ)をかけるようなことはありませんでした。  それでも、事故(じこ)はなかったと思います。

写真(しゃしん)は、1967年の夏(なつ)に箱根(はこね)の林間学校(りんかんがっこう)へ出発(しゅっぱつ)するときのようすです。  西側(にしがわ)の出入口(でいりぐち)には、囲(かこ)いもなにもありません。

 バスは「箱根登山バス」(はこねとざんばす)で、百合小にいたころには何度(なんど)かおせわになりました。

バスの横の文字はよめませんが、絵柄(えがら)から箱根登山バスとわかります。

さつえい:1967年7月21日(S.42)

観光(かんこう)バスは細い道も通れる

百合小にはバスが通れる出入口はこの西側しかありませんでした。  そして、この西側の出入口の前はせまい道です。  現在は道の片側(かたがわ)に歩道(ほどう)ができているのでもっとせまくなっていて、たぶん、バスは通れないでしょう。

考えてみると、歩道がなかったころでもせまいし、路上駐車(ろじょうちゅうしゃ)もあったと思います。  よくここを大型バスが通れたものだなと感心(かんしん)します。  観光バスの運転手(うんてんしゅ)の運転技術(うんてんぎじゅつ)はすごい。

2010年から2012年の百合小の建替工事(たてかえこうじ)では、バスとおなじくらい大きなトラックがたくさん使われました。

そこで、東側のゆりっ子森の上のバス通りに工事用の出入り口を作って、 巨大(きょだい)な鉄骨(てっこつ)の坂道(さかみち)で道路(どうろ)と校庭をつないでいました。

1967年10月の運動会(うんどうかい)の写真(しゃしん)です。  文字(もじ)がかいてあるくぐり門(もん)のあるところが、校庭(こうてい)の南側(みなみがわ)の端(はし)です。

 右に行くとバス通(どお)りにつながる階段(かいだん)があります。  この頃は、校庭南側には門どころかフェンスもなにもありません。

 校庭の中には、植(う)えてからすぐのいちょうの木が見えます。  右端(みぎはし)に見える鉄(てつ)の輪(わ)が連(つら)なった変形(へんけい)ジャングルジムと ヒューム管(かん)は、 最近(さいきん;2010年5月)の仮校舎建設(かりこうしゃけんせつ)の前(まえ)まで、そこにありました。

 くぐり門には「第三回 秋季運動会」(だい3かい しゅうきうんどうかい)とあります。  運動会は1年(ねん)に2回、春(はる)と秋(あき)にあったことをおぼえています。  創立(そうりつ)3年目(ねんめ)で「第三回」ということは春と秋を別々(べつべつ)にかぞえていたのかな。  春は「小運動会」(しょううんどうかい)、秋は「大運動会」(だいうんどうかい)とよんでいました。

さつえい:1967年10月1日(S.42)