百合小には西側(にしがわ )の職員室横、東側(ひがしがわ)のバス通(どお )り、 百合ヶ丘駅前(えきまえ )につながる裏道(うらみち)、 そして校庭(こうてい )の南側(みなみがわ )の階段(かいだん )のある道に出入り口がありました。
2020年で比べると、それぞれ、正門、さくら門、びわ門、そして南側のフェンスにある出入り口です。
学校ができてから、かなり長い間、校庭に門らしきものはまったくなく、通路(つうろ) だけだったと思います。
その後、フェンス(=かこい) や門、扉(とびら) が作られてゆきました。 近年は、2012年夏に完成した新しい校舎になる前から、学校はフェンスでかこまれていて、門にはとびらがついていたと思います。
2011年に訪問した時には正門にとびらはありましたが開いていて、校庭にはいることができました。 さらに昔、かつての百合小にはなんのかこいもなく、自由(じゆう) に出入りができました。
校庭での授業(じゅぎょう) もありますから、 いつでもだれでも勝手(かって) に校庭に入ってよいということではなかったと思いますが、 放課後(ほうかご) に町の人が散歩(さんぽ) に入ってもしかられませんでした。 それが、「常識(じょうしき=みながわかっているあたりまえのこと) 」でした。
かつての百合小では、「門をつくって鍵(かぎ)をかけ、インターフォンをつける」ということをしなくとも、事故(じこ) はなかったと思います。
写真(しゃしん) は、1967年の夏(なつ) に箱根(はこね)の林間学校(りんかんがっこう) へ出発(しゅっぱつ) するときのようすです。 西側(にしがわ) の職員室横の出入口には、囲(かこ)いもなにもありません。
バスは「箱根登山バス」(はこねとざんばす) で、百合小にいたころには何度(なんど) かおせわになりました。
バスの横の文字はよめませんが、絵柄(えがら) から箱根登山バスとわかります。 ✚小田急グループの会社で、2020年現在も、貸切(かしきり) バス・路線(ろせん) バスとも営業中です。 箱根の観光に便利です。
さつえい:1967年7月21日(S.42)
1967年10月の運動会(うんどうかい )の写真(しゃしん)です。 文字(もじ) がかいてあるくぐり門のあるところが、校庭(こうてい) の南側の端(はし) です。 この頃は、校庭南側には門どころかフェンスもなにもありません。
右に行くとバス通(どお) りにつながる階段(かいだん)があります。 この階段は2020年現在もそのまま残っています。 水道工事のために半分は作り直されていますが。
さつえい:1967年10月1日(S.42)
校庭の中には、植(う) えてからすぐのいちょうの木が見えます。 右端(みぎはし) に見える鉄の輪(わ) が連(つら) なった変形(へんけい) ジャングルジムとヒューム管(かん)の遊具(ゆうぐ) は、建て替えのための仮校舎建設(かりこうしゃけんせつ; 2010年05月) の前まで、そこにありました。
くぐり門には「第三回 秋季運動会」(だい3かい しゅうきうんどうかい) とあります。 運動会は1年に2回、春と秋にあったことをおぼえています。 創立(そうりつ) 3年目(ねんめ) で「第三回」ということは春と秋を別々(べつべつ) にかぞえていたようです。
春は「小運動会」(しょううんどうかい) 、秋は「大運動会」(だいうんどうかい) とよんでいました。