「あ、ぁ、あ、待っ…………」 急速に追い上げられて、キッドの咽喉から悲鳴にも似た声が漏れる。何かに耐えるよう、シーツを強く掴み、甘美な苦悩に眉を寄せる。大きく背を撓らせ、ぴんと伸ばした爪先が震える。限界が近いのだと、全身で訴えるキッドを、さらに追い詰めるようにソウルの責めは止まない。 「っ……! ぅあ、ああっ……!」 強く扱かれ、ビクン、と大きく身体が跳ねた。瞼の裏が激しく明滅し、頭の中が真っ白に漂白される。小刻みに繰り返す痙攣にあわせ断続的に快感が背を走り、キッドの腹には欲の証がぱたぱたと降り注いだ。 「あ…………は、……はぁ」 広がる快感の余韻に大きく息を吐き、ぐたりと身体を弛緩させていたキッドの、腹に散った精を拭っていたソウルの手がふと止まる。 どうしたのか、とキッドが視線だけをそちらへやれば、彼は自らの手に付着したいくらかの白濁を、無言で見詰めていた。汚れを嫌うような表情ではない。寧ろ、未知に相対する子供のよう、純粋に興味を惹かれたものを眺めるような横顔で。 「……? ソ、」 何を考えているのか。 呼びかけようとしたのと、彼が自らの指先をぺろりと舐めたのとは、ほぼ同時だった。 「うーん」 そして首を捻る。不可解な行動に、キッドは眉を顰めた。 「…………何を、やっているんだ」 「ん? ああ。……えーと」 明らかに、理由を考えているのが分かる間があった。恐らく、たいした意味があっての行動ではないのだろう、とキッドは推察した。 「人間のと同じなんかどうか、とかな」 「味覚で、分かるのか?」 「いんや?」 まあちょっとした知的好奇心? などと言い、へらりと眦を下げるソウルに、キッドは少し気分を害したような表情を作る。それがどんな些細なものだとしても、疑問はあらゆる知恵の鍵となる、と言うが。果たしてそれは、『誰の疑問』なのか。 「シュタイン博士あたりから、くだらん依頼でも受けたのかと思ったぞ」 「……あー」 小さく呟いたソウルが、なんとも言い難い表情を浮かべたのはきっと、思い当たる節があるからだろう。 研究熱心、勤勉と言えば聞こえはいいが、純粋に自らの欲望に忠実なあのマッドサイエンティストは、その信仰心の延長上か、死神そしてその一人息子について、常日頃から並々ならぬ関心を抱いている。 教師としては尊敬できる人物なのだがな、と、キッドはやや苦い顔をした。その探究心が、神の規律を逸脱せぬ限りは、目零ししてもかまわないのだが。ちゃんと元通りにしますからと言われても、無闇に身体を切り開かれたいとは決して思えない。 「……報酬はいくら出すと?」 「ええーっと確かティースプーン一匙で、………………いやいや。違うって、マジで」 汚れを拭き取ったティッシュペーパーを、ダストボックスへ投げ捨てたソウルに、持って帰るなよと釘を刺す。「しねーよ」と即座に返ってきたから、取り敢えずは信用しておくことにした。 あまり妙な事を吹き込むなと、博士にも言ってやらねばなるまいか。そんな考えを、キッドは溜息一つで押し流した。ソウルにそのような話を持ちかけるということはつまり、こちらの事情をかなり詳細なところまで、かの教師は把握しているということだろう。 (…………考えたくないな……) むやみに触れぬのが己のため、かもしれないと思考を切り上げる。けだるい身体を起こす気になれず、シーツを腰まで引き上げたキッドは、「それで?」とソウルに問いかけた。 「?」 「何か、発見はあったのか」 味とか、と続ければ、ああ、と一瞬合点のいった顔をしたソウルは、しかし「うーん」と先程と同じように軽く首を捻ってみせた。 「まあフツー……?」 「『普通』の定義がよくわからないが」 「……めんどくさいよなお前」 俺だってわかんねェよンなの、と少し投げやり気味にソウルは言った。 「ほんのり、……甘い?」 「ほう?」 「……それか、しょっぱい……かも」 「…………甘いのか塩気があるのか、どちらなんだ」 「どっちもあるような、……ないような……」 曖昧な表現をうけて、キッドが軽く片眉を上げる。白とも黒ともつかない物言いは、彼の信条から最も遠いところにある。はっきりせんな、と呆れたように言ったキッドに、軽く肩を竦めてみせたソウルは、鳩尾あたりにまだ残っていた飛沫を人指し指で掬い取った。 そしてそのまま、指をキッドに差し出す。 「ん」 自分で舐めてみろ、ということだろうか。 白濁をまとった指先に、一瞬躊躇する。衛生的に問題があるわけではなかろうが。吐き出されたものを、再び取り込むことの意味、欲望の循環と連鎖を思いながら。 「……ん」 躊躇いがちに、ソウルの指を咥える。舌先で指の腹を舐める。 思ったよりもさらりとした液体には、およそ味と思しきものが無かった。ほんのりと塩気を感じた気もしたが、それは皮膚に付着した汗の成分なのかもしれない。確かに、ソウルの言い分も分からないではなかった。 「…………」 上目遣いで、ソウルを見る。指を咥えたままでは上手く話すことができない。分かっているだろうに、しかしソウルは指を引き抜くことはしない。 「っ、」 どころか、唇を抉じ開け、さらに中指を射し入れてきた。何をするんだと、抗議の声を上げようとしたが、射し込まれた指に舌を絡めとられて発声ができない。 「んっ……、ふ、ぅ…………ぅ」 指でゆるゆると舌の表面を撫でられる感触が、深いキスをしている時のものにほど近く思え、キッドはふるりと背を震わせた。 二本の指で舌を挟まれ、扱くような動きで愛撫される。唾液の絡んだ指先が、内頬を撫で、上顎をくるりと擽る。その度に、ぴちゃ、ちゅぷ、とやけに淫靡に水音が響いた。 「……ぅ、ん、……ぁ、っふ」 深く差しこみ、軽く引き出すその度、飲み切れぬ唾液が零れ、口元を汚す。それを不快だと、思う間も与えられず、またソウルの指が深く押し入れられる。繰り返す動きが、別の行為を思い出させて。なにか、ひどくいやらしいことを、されているかのようだと思う。 そう感じているのは、キッドだけでは勿論なかった。口咥を嬲っていた指が引き抜かれる。酸欠気味でぼんやりとしているキッドに、「どうだった?」と問う声が、荒く息をつくキッドを見詰める瞳が、明らかな劣情を滲ませていた。 「なに……が、だ」 「味」 「…………。よくわからなかった」 ぼそぼそと呟くように言ったキッドは、それみたことか、と勝ち誇ったような顔をするソウルに「半分はお前のせいだぞ」と反論した。 「余計な、悪戯をするから。純粋に、それだけを感じ取れなかったんだ」 「へェ。『余計な』、ね」 「…………」 言外に何かを含めているのは気のせいではないだろう。何もかも、お見通しだと言う風な薄笑いを浮かべたあと、ソウルは少し意地の悪い表情を作った。 「…………つまり、もっとじっくり味わいたかった、と」 「誰もそんな事は言って」 「じゃーまあ、今度は俺のをさ」 味わってくれよ、と。 言うが早いか、胸の上、否、さらに上。肩にほど近い位置に、両手を封じるような体勢で跨られる。なんの真似かと首をあげれば、恥ずかしげもなく自己主張する性器が目の前にある。 「……ソウル…」 意図を察し、戸惑いを込めて名を呼べば、応えてソウルはにやりと口角を上げる。紅玉のように赤く濡れた瞳が、微かに嗜虐的な光を湛えて細められる。それは、『喰らうもの』としての本能なのか。笑みの形に引き上げた唇から、牙のように覗く尖った犬歯は、彼が時折垣間見せる攻撃性を象徴するようにも思えて。 ぞわり、と。 背を撫ぜる感覚に逆らえない。組み敷かれることに慣らされた身体は、抵抗感さえも仄暗い悦びへとすり替えてしまうようだ。 のし掛かる重みを退けようと、上げかけた腕は、力なく下ろされた。理性と、抗い難き欲動の狭間で揺れるキッドの、ささやかな葛藤を知ってか知らずか、ん、とソウルは強請るように腰を突き出す。頭を軽く引き寄せられて、キッドは考えるのを止め、おずおずと舌を伸ばした。 「ん……ん」 亀頭の先端を舌先でつつく。ちろちろと擽るように舐める。手が使えないから、いつもよりやり辛い。それでも、キッドは不自由な体勢を受け容れ、懸命に舌を使い奉仕を続ける。 「んっ……む、ん、ん、……っぷぁ」 「――……っは、ぁ」 括れたあたりを執拗になぞる。舌を平らにして押しつけ、裏側の筋に沿って、下から上へと舐め上げる。ぎこちなく、けれどひたむきに施される口淫に、ソウルは表情を歪め、堪えきれないと言った風に息を吐いた。多少の無理を強いているという、状況的なものが昂りを誘うのかもしれないが。たどたどしい舌技はそれでも、恋人をいくらか感じさせているのだと思うと、それだけで嬉しく思えてしまう。そんな自分が、呆れるほど単純だなとキッドは思った。 「は……んぅ、っぷ」 先端を含もうとして口を開けてみるが、うまく咥えることができない。視線を上げると、自分を見下ろすソウルと目が合った。 先程までとは違い、余裕のない顔をしているな、と。 そう考えた刹那、ぐいと頭を引き寄せられた。 「んんぅッ?!」 唇に強引に割入ってきた熱の塊に、咽喉奥まで侵入され思わずえずきそうになる。じわりと生理的な涙が滲む。「悪ィ、」と降ってきたソウルの声に、目線だけを上げるが、ぼやけた視界の中、ソウルがどんな表情で自分を見下ろしているのか、キッドには判別できなかった。 「も……余裕、ねェわ」 掠れた声で、喋るのも辛いという風に、言いながらソウルはゆっくりと腰を引いた。 「っ!! ぅ! っぷ、……ん、っんん!!」 そのまま再び腰を突き出す。咽喉を穿つ勢いで深く。加減のない激しい動きで頭を揺さぶられ、荒々しく口を犯されて、息がまともに出来ない。酸欠感に頭がクラクラとする。 「……ッ、…………ッ、」 それでも懸命に唇を窄め、キッドは徐々に大きくなるストロークにあわせ強く吸いながら首を引く。押し込む動きに、咽喉奥が苦しさに締まる感覚さえも、どこか倒錯的な快感となって後頭部を甘く痺れさせる。口咥に広がるかすかな塩味は、鈴口から溢れ出す先走りなのか、目尻から流れ落ちた涙なのか、最早よく分からなくなってしまった。 「んっ…………く、ん、ぅ、……ぅ」 くぐもった声と、荒い吐息とが交錯する。やがて、興奮に耐えるよう、ソウルの両手がぐっと髪を掴んだ。射精の兆候を読みとって、キッドは一際強く咥内のものを吸い上げた。 「く、ぁっ……!」 「!」 小さく叫んだソウルの筋肉が緊張する。直後、熱い奔流が咽喉奥を叩き、キッドは思わず噎せる。びくびくと痙攣し欲望を吐き出し続ける性器から、口を離した拍子に、受け止めきれなかった白濁がキッドの顔を汚した。 「…………重い……、退けっ。……もう、十分、だろう、が」 乱れた呼吸を整え切らぬまま、切れ切れに言ってソウルを退けたキッドは、髪と目元、頬のあたりまでをつたう体液のべたついた感触に、流石に不快そうな顔をした。 「……? なんだ」 ティッシュボックスに伸ばしかけた手を、掴まれる。 顔を上げ、手の主を軽く睨む。ソウルもまた少し荒い息のまま、にやりと口元を歪め、キッドの視線を受け流した。 「その顔さ」 「うん……?」 「…………すげ、エロい」 「な、」 一瞬、絶句したキッドの手を引き顔を近付けると、掠めるように唇を奪う。 完全に虚を衝かれた。肩を強く押され、背を再びシーツに沈められて、キッドは我に返り焦った声をあげた。 「……! 待っ! …………や、」 「あーうん、ゴメンな?」 文句は後で聞くとばかり、おざなりな謝罪を口にしてソウルは、逃げようとするキッドの身体を、押さえるように伸し掛かり、慣れた仕草で足を開かせる。 こうなると、もうだめだ。あとはソウルのペースで運ばれてしまう。 それは経験から導きだされた答えであるが、結局はいつも、受け容れてしまう自分が悔しくて。 「この……戯けがっ…………!!」 ――精一杯の罵倒の言葉は、程なくしてあられもない嬌声へと変わった。 結局、味の違いはどうだったのかと、後で思い出したよう尋ねたソウルに、キッドが全力死神チョップをくらわせたのは、言うまでもない。 |