SMILE


 デートをしよう。
 そう言いだしたのは、意外なことにキッドの方からだった。
「…どういう風の吹き回しで」
 『友人』から『恋人』へと変化したものの、これといって変わりの無い日々を過ごしていたソウルにとって、そのお誘いは魅力的というよりは唐突な物に感じられた。この些か色恋事に疎い恋人が積極的になるという事態に、まず疑問符が浮かぶ。
「恋人同士とは、そういうものなんだろう?」
  言いながら、マカに返しておいてくれと1冊の本を差し出した。見覚えのあるタイトルは、以前マカがリズにお勧めしていた、甘ったるい恋愛小説だ。
 …過程を聞かなくてもなんとなく分かった。
 とんだマニュアル人間だ、いや死神だからマニュアル神になるんだろうか?とか至極どうでもいい事を考えていたら、「行くのか行かないのか、はっきりしろ」と急かされた。
 とりあえず明日の放課後、と決めると、キッドは水を得た魚のようにいきいきとした顔で頷く。
「よし。では明日までに俺が完璧なプランを、」
「練らなくて良いからな?」
 ―即座に却下。
 その『完璧なプラン』とやらが練りあがるのを待っていたら、冗談じゃなく年単位で待つことになる。
「俺が考えるから、お前は何もするな。いや、頼むからしないで下さい」
「……そこまで言うなら」
 頼み込むように言うソウルに、さっきまでのテンションはどこへやら、不承不承といった感じで了承する。こいつデートとプランニングとどっちが目的なのやら、とソウルは小さくため息をついた。



 実際のところプランなんてものは考える気もなく、翌日の放課後デートもいつも皆で連れ立って遊びに行く時みたいに、街をブラブラするだけに留まった。
 ただ違うのは、陳列がシンメトリーじゃないといって本屋の棚を整理し始めるキッドを引っ張って店を出たり、シンメトリーな骨董品に目を奪われてショーウインドウに張り付くキッドを引っぺがしてやる役目がソウル一人しか居ないという事だけで。
 なだめたりすかしたりあるいは強引に引っ張ったり、といった拳銃姉妹の日常がいかに重労働かを思い知り、ソウルは広場のベンチに腰を下ろして一息ついた。
 背もたれに両肘を預け、雲ひとつ無い青空を見上げる。街中より郊外のほうが良かったかもな。そういえばちょっと遠いが日本ではサクラが見ごろだって椿が言ってたっけ。
 海でも山でもいい、とにかくシンメトリー病を誘発しないところはどこだろうと空をぼんやり見上げながら考えていると、ふと頭上に影が差し、何か冷たい物が頬に押し当てられた。
「っ!冷てっ」
  驚いて身を起こすと、露天を見ていたキッドが戻ってきていた。
 少しつめろと言われ、ベンチの右半分を空けてやる。
「疲れたか」
「…おかげさまでな」
 差し出されたのは、ミネラルウォーターの瓶と、アイスクリームのカップ。
 さっきの冷たいのはこれか。
 ミネラルウォーターの方を受け取りながら、なんで水とアイスなんだろうと考えていると「水分及び糖分の摂取は 疲労回復を早めるんだ」と尤もらしい事を言われた。
 そうは言いながらも、バニラの上にキャラメルソースたっぷりとか、どう考えても俺向きのチョイスじゃないなと内心思う。 実際、食べているのはキッドばかりだ。
「なんか甘そうなの食ってんね…」
「美味いぞ」
 開き直ったのか、甘党ぶりを隠そうともしないキッドはからかい甲斐がなくて、ちょっとつまらないなとソウルは思う。
 まあ、それだけ気を許してくれてるってことかと都合よく解釈し、嬉々としてスプーンを運ぶ横顔を何とはなしに眺めていると、キッドがふと手を止めてソウルを見る。
「食べるか?」
「いや、俺は」
 いらない、と言おうとした時にはすでにアイスの乗ったスプーンが差し出されていて、
「あーん」
到って真面目な顔で言うキッド。

 …何の罰ゲームか、コレは。
 人通りは少ないとはいえ公衆の面前で、それはさすがに恥ずかしいだろ。いや、そんな期待に満ちた目で見られても。これもあの小説の影響か?恨むぞ、マカ。
 躊躇している間にも掬い上げたアイスは溶け始め、今にも滴りそうになっていたので、
「……あーん」
 しかたなく口を開け、ぱくりとスプーンを咥えた。口の中の冷たさに反して、顔には熱が上る。知り合いにでも見つかったら、なんて言い訳すりゃいいんだ。くそ、全然COOLじゃねえ!
「美味いか?」
「甘い。ていうかクソ甘い。あと恥ずかしいから『あーん』はやめてくれ」
 二度はやらないぞと渋い顔をするソウルに、キッドは心底おかしそうに笑う。
「自分がやられると恥ずかしいものだが、人にする分には面白いな」
  普段はまず見せないような無邪気な笑みを浮かべて、もう一口どうだ、とスプーンを差し出す恋人に。
(…その笑顔は反則だろ)
 甘いなあと自覚しつつも、諦めて再び口を開けてやった。