Sugarless


「任務?」
「ああ」
  短く言って、キッドは手元のファイルに目を落とした。週末は死神様の勅命で、人員の減ったオセアニア支部へ応援に行くのだとか。それでこうして図書館で資料なんか読んでるわけか。
「俺らも来週から課外授業入れてるし、しばらく会えないかもな」
「そうか」
 ぺらりとファイルをめくる無感動な音が響く。COOLな応対だ。
 別に会えなくて寂しいとか、そういうウェットな反応を期待していたわけじゃないけども、どこへ行くのかとか、そういう世間話的な会話はあってもいいんじゃなかろうか。
  …週末空いてれば遠出でも、と思ったが、とりあえず今週は無理なようだ。
 頬杖をついて、キッドの横顔を眺める。
 まるで隣に俺が居る事など見えてないみたいに、黙々と資料を読み進めている。
 付き合うようになってから図書館で落ち合う事は多く、こういう事は珍しくない。
 一度読み始めた本は、キッチリカッチリ読み終わるまで梃子でも動こうとしないのだ、こいつは。
 待つことには慣れている。沈黙は苦痛ではないが、少しばかり退屈ではあった。

(…色々と忙しいのは分かるんだが)
  もう少し俺に構え。
 そんなCOOLじゃない台詞が言えるわけもなく。なら態度で示すかとキッドの横顔に手を伸ばし、白いラインの入った、艶やかな黒髪に指を絡める。くるりと巻き取ると、クセのない前髪がさらさらと指の間を流れた。
その手触りが心地よくて何度か繰り返していると、金色の瞳が物言いたげにちらりとこちらを見て、結局何も言わずに逸らされる。
 いつもなら鬱陶しいと払われるのだが、意外な反応だ。
 こうなると逆に面白くなくて、俺はキッドから何かしらの言葉を引き出そうと、半ば意地になった。
指先に絡めた髪を耳の後ろへ流し、そのまま形を確かめる様に耳をなぞる。ぴくりと肩が震えたのを無視して、白い首筋に指を滑らせたところで、手を撥ね退けられた。
「…ソウル!!」
  …怒られた。
 このまま何も言われなければ、その首筋にキスの一つでもしてやろうかと思っていたんだが、残念だ。
 キッドはようやく手を止めて、視線をこちらへ向ける。
「ふざけるのも大概にしろ」
 くすぐったいだろうが、と耳のあたりを押さえて軽く睨まれるが、その頬は上気してうっすらと紅い。そうか、あのへんが弱いのか。覚えておこう、とバレたら確実に怒られそうな事を考えていると、キッドはため息をついて手元のファイルを閉じ、俺に差し出した。
「お前もマカに任せきりにしないで、資料ぐらい読んだらどうなんだ?」
「……え、これって」
 渡されたのは、ロシアでの連続停電事件、つまり俺達が受ける予定の課外授業の資料。
「オックス君達と行くなら、手こずる内容では無いと思うが、…」
 一瞬言葉を切り、風邪などひかないように注意しろ、と呟くように言うキッド。
 …もしかして、心配されてる?俺。
 いつにも増して素っ気無い態度も、殊更に仏頂面なのも、その裏返し、という事だろうか。
(判りやすいんだか、判りにくいんだか)
「…何だ、ニヤニヤして」
「いや、……土産、何がいいかなと思って。シンメトリーなマトリョーシカでも探してくるか?」
「観光気分でいるんじゃない、戯け」
 呆れたように言いながらも、口元が少しだけ嬉しそうに綻んだのを、見逃しはしなかった。