いい加減帰ろうぜ、と差し伸べられた手を取って、キッドは渋々といった面持ちで席を立った。 図書館は既に閉館間際で、校内に残る生徒もまばらだ。 廊下は滲んだオレンジに染め上げられ、長く伸びた影に随分と長居をしてしまった事を実感する。 いつものことだと苦笑いするソウルに、半歩遅れて歩く。 課外授業の話だとか、以前に借りたレコードの話だとか。他愛の無い会話が途切れ、何気なく窓側を歩くソウルに目をやる。茜色に縁取られた銀髪が少し眩しくて、キッドは目を細めた。 「…どうした?」 歩みの遅れたキッドに、ソウルが足を止めて振り返った。夕日を映しこんだ瞳はいつもよりなお赤くて、引き込まれそうだと思う。 夕日の赤。 血の赤。 どちらにも似て、どちらとも違う深い赤の瞳。 好きだな、と、思う。 でも唐突にそんな事も言えなくて、適当な言葉を探すが、その目で見つめられると尚更何を言っていいか判らなくなる。ただ素直に好意を伝える、という事は、こんなにも難しいことだっただろうか? 「………、」 募るもどかしさに、キッドは黙り込む。 時間を共有するほどに、沈黙が増えていく。 伝えたい言葉も、伝えられない理由も見つからないまま、ソウルの真っ直ぐな視線から逃れるように目を逸らした。 最近のキッドはいつにもまして変だとソウルは思う。しかも二人で居る時に限って、だ。 彼はどうやら思い煩うと無口になる方らしいと気付いたのは最近の事だ。照れからくる素っ気無さだとかは可愛いものだが、時折、本当に何を考えているのか分からない事がある。 例えば、今とか。 何気ない会話が途切れて、ふと気付くと隣に姿が見えない。どうかしたのかと振り返ると、3歩ほど離れた場所で立ち止まってこちらを見ているキッドと目が合った。一瞬だけ見開かれた金色の瞳。何か言いかけて薄く口を開き、躊躇った挙句言葉を飲みこんだ。 伏せた睫毛が金色に影を落とす。機嫌が悪いという風でもなく、いつものシンメトリー病とも違って。ただ何となく、辛そうだな、と思うのだが、かといって、理由が判らないことにはどうしてやることもできない。 (言ってくれなきゃ、わかんねぇんだけどな) 気になる事があるのだとか。 気に入らない事があるのだとか。 別れたい、とか。 …いやそれはダメだ。 想像して勝手にダメージを受ける。どうにもネガティブになりがちな思考を振り払うように、乱暴に頭を振った。黙り込んだままのキッドに、ソウルは少し居心地悪そうに視線をさ迷わせて、どうしたものかと考えた後、先ほどと同じように手を差し伸べた。 「…?」 伸ばされた右手とソウルの顔を交互に見やって、思案の末、キッドは自分の左手を差し出した。 ぎこちなく繋いだ手を、指を絡めるように繋ぎなおされて、一際大きく鼓動が跳ねた。 行くぞ、と手を引かれ、互いに無言のまま歩き出す。長く伸びた二つの影が、今は一つに繋がっているのを不思議な気持ちで眺めて、そっとソウルの横顔を伺う。赤く染まった頬はきっと夕暮れのせいだけではなくて、多分自分のそれも同じなのだろうとキッドは思う。 視線に気付いたソウルが、絡めた指に少しだけ力を込めた。ただそれだけで、とくり、とまた鼓動が跳ねる。言葉にしなくても伝わるものがある、なんて、今更気付かされて、少し悔しい。 応えるように握り返して、オレンジに染まる長い廊下を寄り添うように歩く。手のひらから伝わる温もりを、少しでも長く感じていたくて、せめてあの角を曲がるまでは、誰にも会わないようにと願った。 どうか、この温かな沈黙が、もう少しだけ続くようにと。 |