意識と意識の間で


「魔女狩り!!」

 群れ集う凶暴な魂を持った獣の群れに、魔鎌の一閃を食らわせる。全ての魂を回収し、あたりから凶暴な魂の気配が全て消えたのを確認して、マカはかかげた魔鎌を下ろし短く息を吐いた。
「お疲れ」
 鎌から人の姿に戻ったソウルが軽く片手を上げたのに応えて、パシンと手を合わせる。
 今回の課外授業は遠く北の大地ロシアでの、尋常でない数の停電被害の発生。その調査と、可能ならば原因の排除。調査の結果、アラクノフォビアの魔道具開発によりたれ流された魔法に汚染され、凶暴化した、おそらく 元は犬であったであろう獣、マッドフントの暴走によるものと分かった。
 背後に統率する者の存在も認められなかったため、全てのマッドフントを始末して、今回の課外授業は終了だ。案外簡単だったな、とソウルは鋭い犬歯を見せて笑った。
「今回は早く帰れそうだね」
「オックス君達も余裕だろ、この調子なら」
 送電線の復旧作業を手伝いに行ったオックス組と合流する為、二人は狭い路地を抜け、大通りへ出た。停電騒動もこれで治まるだろう。通りを歩く人の流れを眺めて、マカはほっと安堵の息をついた。空気が乾燥しているため 吐く息こそ白くはならないが、まだ夕暮れ前だというのに、コートを着ていても肌寒い。
「…まだ時間あるよね」
「なんだよ、観光に来たんじゃねーぞ。早く帰ろうぜ、マジ寒いし」
  腕の時計を確認して、そわそわと通りの雑貨屋に目をやるマカに、ソウルは呆れたように言う。
 優等生らしくもない、とからかうように言われて、マカは少しむくれて頬を膨らませた。
「いいでしょ、たまには。というか、ソウルのせいなんだから」
「…は?何で俺のせいなんだよ」
「いいから。ちょっとぐらい付き合って」
 ぐいぐいと背を押されて、 仕方なく近くの土産物屋に入る。ありきたりな観光客向けの菓子などが並ぶ店内で特に目を引くのは、陳列棚に所狭しと並べられた人形。そのうちの一つを手にとって、ああこれこれ、とマカが何かに納得したような声を上げた。
「さっき共鳴した時に、ソウルから変なイメージが伝わってきて、気になってたんだ」
「…変な、イメージ?俺から?」
「うん。それがね、これだったの」
 そう言って差し出した手には、手のひらサイズのマトリョーシカ。
 開けても開けても中に同じ形の人形が入っている、入れ子式の玩具だ。
 なんでそんなモンが。
 疑問顔のソウルに、マカは楽しげに話を続ける。
「そのマトリョーシカがね、キッドの顔になってて、開けても開けても中がキッドなの」
 ぶはっ、と盛大に吹き出して、ソウルは激しく咳き込んだ。
 あれってどこに売ってるの?と可愛らしく首を傾げるマカ。
 そんなもの、どこにも売っているわけがない。いつになく良い笑顔のパートナーに、一体どこまで分かっていて聞いているのかとソウルは眉を顰めた。
 数日前にキッドと交わした言葉を思い出す。シンメトリーなのを探して来てやるとか、そんな事を言ったっけ?つーか今言われるまで忘れてたぐらいの事が、なんでマカに伝わってるんだ。人の深層心理を勝手に読むな。
 せいぜい墓穴を掘らないように誤魔化そうと、ソウルは落ち着き無く店内に目を走らせた。
「…土産!頼まれてたから、それでかな、うん」
「キッドに?」
「あー…あいつ、シンメトリーな置物とか集めてるだろ」
「ふ〜ん。」
 …嘘は言ってない。何も後ろめたいことは無いはず、なのに。心の内を見透かすような笑顔で覗き込まれて、真っ直ぐに目を見返せず、ソウルは張り付いたような笑顔を浮かべた。
 しばらくじっとソウルを見つめた後、まあいっか、と呟いて再び土産物の棚に目をやったマカに、ソウルは大きく息をつく。
 寝食どころか生死まで共にするパートナーではあるが(あるいはそれ故に)、突っ込んで聞いて欲しくないことだってあるだろ?いや、ある筈だ。そんなソウルの自問自答を知ってか知らずか、マカは楽しげに店内を見て回っている。「死神様の形のマトリョーシカとかあったら、可愛いのに」と、いくつかの人形を手にとって眺めていた。
「外と中身が違うのもあるんだね」
「へー……」
 言われて、ソウルも手近な人形をパカパカと開けてみた。猫の顔をした人形を開けていくと、最後に現れたのは小さなネズミ。小指ほどのサイズの人形を眺めながら、サプライズが足りねえな、と思う。
(…キッドのマトリョーシカ、ねぇ)
 最後まで開けたら何が入ってるんだろうとか、妙に情緒的な事を考えて、ソウルは小さく一つくしゃみをした。