のところ、ちょっと


 パートナーはいつでも行動を共にすること、というのは基本だけど、それでも四六時中一緒にいるわけじゃなく、お互いのプライベートな時間については口出しはしない。少なくとも、私とソウルの間ではそういう暗黙の了解があった。
 だから、お互いに恋人を作る事があっても、それは別に不思議な事じゃない、とは思う。
 ただまあ、その相手が、死神様の一人息子で、ソウルと私の共通の友人である、デス・ザ・キッドだった、というのには正直驚いたけど。


 このところソウルはやけに沈んだり浮かれたりと、魂の波長が安定しない事が多かった。本人に聞いても誤魔化すばかりだろうと思ったから、ちょっと注意深く観察していたら、すぐにあることに気がついた。キッドといる時だけは、いつもと様子が違うのだ。魂感知能力なんてなくたって分かる。付き合い長いんだから。
 流れる空気が違うって言うのかな。
 同じ友達でも、ブラック☆スターとかといる時とは違う、やわらかい空気。何て言うか、そう、まるで恋人といる時みたいな雰囲気だと思ったのだ。
 最近よくキッドと一緒にいるな、ってのは感じてたけど、まさか、ねえ。そんな風に半信半疑だった事が、この前の課外授業で共鳴した時に見えたイメージと、COOLさの欠片も無いやたら慌てたソウルの態度で確信に変わった。普段はCOOLを気取っているくせに、こういうところはわかりやすい奴だと思う。


 だから。
 そういう前知識ナシだったら、ひょっとして私に気があるんじゃないの?とか、ちょっと勘違いしちゃうんだけど。
 視線を感じて振り返ると、キッドの金色の瞳とぶつかる。
 はっと何事かに驚いたその目が、悪戯を咎められた子供のように、ふいと逸らされた。
 …今日一日で何回も目が合うのは、偶然じゃないはずで。
 多分、その視線の先は、私ではなく。


『風邪は、ひどいのか?』
 今日の朝の、若干心配そうな彼の表情を思い出す。課外授業先のロシアで風邪を貰ってきて、ソウルはここ3日ほど欠席していたから。キッド達は死神様の勅命で別の任務に行ってたから、1週間近く顔を見ていないことになるんだろう。
 とりあえずただの風邪だったことと、咳は収まってきたけれど、熱がまだ引かないのだと告げると、『辛いのか、それは』と神妙な面持ちで問われる。ああ、死神の身体って風邪ひかないから。素直に羨ましい、と何の気なしに言った時に、金色の瞳が少しだけ揺らいだのを覚えている。
 その後は、風邪の民間療法なんかについて話した。ロシア流だと、熱〜い紅茶にウォッカを入れて飲むとか、ホットミルクにたっぷりのバターを落として飲むだとか、にんにくを生で齧るとからしい。
『風邪の時にはリンゴが良いっていうよね』
 子供の頃、風邪を引いたときにはよくママにりんごを摩り下ろしてもらった。そんな他愛の無い話を興味深そうに聞いていた。


 その時は、それだけだったけど。
 きっとキッドは、私の隣にいるはずの「誰か」を探してるんだろう、無意識に。その誰かさんはといえば、いつもならすぐにサボりたがる癖に、今回に限って熱があるのにも拘わらず登校しようとするのだ。寝てるのには飽きた、なんて言って。(ウザいので無理矢理寝かせてきたけど)
 …ホントわかりやすい奴。

 でも、正直、意外だった。
 だって、ソウルとキッドに、仮に何かがあったんだとしても、私は何となく、ソウルの片思いなんじゃないか、って思っていたから。キッドの魂の波長にあまり変化が見られなかったから、というのもあるし、あとはただの勘だ。
 でもあの様子じゃ、相当気にされてるよ、ソウル。良かったじゃん?
 …いや、まあ、他に気にするべきところはいっぱいあると思うんだけど。

 ていうか、死神と武器の恋愛ってそれはアリなの?とか。
 その前に、あんたら男同士だけどそこはどうなの、とか。
 死神様にはやっぱり黙ってたほうがいいのかな、それとももう知ってるの?とか、


 ってなんで私が人の恋路まで心配してやんなきゃいけないわけ?



「…なんか腹立つ」
「はっ…?」
 知らず口から滑り落ちた言葉に、隣を歩いていたキッドが驚いた顔をする。
 やば、と咄嗟に笑顔をつくり、なんでもないよと笑って誤魔化した。
 
 今はアパートに帰る途中。帰り際にキッドが、『ソウルの見舞いに行きたいのだが』って、それはもうすっごく思いつめた顔で言うから、じゃあ一緒に帰ろうかという流れになった。風邪がうつるといけないから、ってリズとパティには先に帰って貰って。
 …感謝してよ、ソウル。

 ま、人の恋愛事情に首突っ込んでもしょうがないか。結局本人達の問題だ、こっちが気を揉んだってどうにもならない。そう割り切ってしまって、不毛な思考を断ち切った。人の恋路を邪魔する奴はどうのこうの、って日本の格言だったっけ?
 そんなことを考えながら歩いていて、市場通りに差し掛かったとき、キッドの視線が青果店で止まったのに気付く。
「…リンゴならうちに買い置きが沢山あってね、」
「あ、ああ、いや…、そう、なのか」
  明らかに動揺するさまが、なんだか、らしくなくて、少し可愛い。
 まったくしょうがないなー、と小さく溜息をつく。
 この完璧主義なくせに何かと不器用な友人と、1週間も想い人に会えない可哀想なパートナーの為に、今日だけは協力してやるか、と、優しい私は思うわけで。今日は確か、ブレアもバイトのはずだ。スーパーの前でキッドを呼び止めて、アパートの鍵を手渡す。
「ちょっと買出しして帰りたいから、悪いんだけど、先に帰っててくれないかな?」
 リンゴは冷蔵庫に入ってるから、と付け加えるのを忘れない。
 あとは、ソウルに伝言を。

「食事当番1週間でいいよ、ってソウルに伝えて」
「……?ああ、分かった」
  不思議そうな顔で頷いたキッドに、とびきりの笑顔を作ってみせた。