に星が綺麗




 星を見るなら少しでも高いところがいいだろう、じゃあ街で一番高いところはというと必然的に死武専になってしまうわけで。

「あれがワシ座のアルタイルだ、見えるか?」
「あー…うん」
「ミルキーウェイまでは肉眼では見え辛いな…簡易望遠鏡を持ってくるべきだった」
「別にそこまで…、まずここまで運ぶのが面倒だし」
「昼のうちに機材貸出申請を出しておけばよかったんだ」
 急に星を見ようなどと言い出すから、と何事もキッチリカッチリ計画立ててやらねば気のすまないキッドが、少し不機嫌な声で呟く。連れ出す為に作った口実で、まさか死武専に来る事になるとは思っていなかったと、ソウルはソウルで軽く溜息をついた。
 常時誰かしらが詰めている職員室に出向き、わざわざ立ち入り許可を貰って屋上へとやってきたのだ。デートに誘って行き先が学校、それも職員公認(?)だなんて、ムードもへったくれもない。むしろ夜の学校なんて、リズが苦手な方面でのムードなら満点なんだが。
 死武専にも七不思議とかあったっけ?
 …って死神やらゾンビやらが常時徘徊するような場所に、今更不思議も何もないか。
 それでも敢えて言うのなら。ソウルの脳裏をどこかで聞いたようなタイトルが掠める。
「二人がここにいる不思議?」
「…何だ急に。ブラッドベリがどうした」
「ん、いや、ちょっとこうロマンチックなムードをな…」
「一応言っておくが、あれは恋愛小説ではないぞ」
「え、マジで」
 闇の帳が降りた屋上で、肩を並べて星空を見上げながら、そんな他愛も無いことを話す。振ってくるような、とまではいかなくとも、街なかで見上げるよりも確かにずっと星が明るく見える。場所こそいつもの死武専だが、まあこんな夜も悪くないか、と思う。
 砂漠の街特有のサラリと乾いた風が、二人の間を流れた。昼間の暑さが嘘のように涼しい。ジャケットを着てきた自分はともかく、キッドは薄いシャツ一枚だ。風邪などひきはしないだろうか。ああそうか死神には風邪なんて無縁の存在だっけ。
 回そうかどうしようかと肩の辺りでさ迷わせた手を、結局下ろしながらソウルは星の広がる空を見上げる。ひときわ明るい見覚えのある星を繋いでみると、三角形になった。他の星はよくわからない。
 ミルキーウェイについてのキッドの講釈が続いている。昼間、椿とマカが話していた、日本の風習の話になっていた。ギリシャ神話と七夕伝説。同じ星を見ているはずなのに、よくもそれだけ違う物語ができるものだと、キッドの横顔をぼんやり眺め、思う。二人の間には、手のひら一つ分の距離。物理的な距離なら埋める事は容易い、けれど。

 同じ星空を眺めていても、それぞれの目に映る光は異なる物なんだろうか。
 こんなに傍にいても。
 近くなるほどに意識する、埋められない距離を思い、でもそれを口にするのは躊躇われて、ソウルは黙って再び空を見上げた。星空は人を感傷的にさせるようだ。気の遠くなるくらい長い年月をかけて届いたであろうその光に、自己の存在の儚さを思うからだろうか。
 …らしくない。こんなのは全然COOLじゃない。

 COOLじゃない、か。自らの口癖に、ソウルは自嘲的な笑みを漏らす。キッドといるといつだって、COOLでいる事なんてできやしないのだが。いつのまにか天の川の話は一区切りついていて、キッドがこちらを見ているのに気がつく。何を考えているのか探るようなその瞳にソウルは軽く肩を竦め、星座の形ってさ、と適当に今思いついたことを話す。
「わかんねーなと思ってさ…無理あるだろ、ちょっと」
「…まあ、神話が先にありき、だからな」
 蛇遣いとか。キッドが指し示した五角形の星座に、どうやったらそんな風に見えるんだよと笑ってみせる。キッドも少し苦笑を浮かべ、知ることでより深い思索に役立つ事もあるが、と前置きして、天を仰ぐ。
「名前など知らなくとも、ただその美しさを素直に感じる事が出来れば、それでもいいのではないか」
 言われて、同じように見上げてみる。闇に燈る、無数の光。きっと互いの目に映るものは違っていて、それでもこうして二人で同じ星空を見上げ、ただ綺麗だと思うその瞬間だけは、心が重なる気がした。
 確かに綺麗だなと呟いたソウルに、キッドが静かに笑う。常に無い柔らかな笑みに目を奪われたのは一瞬。仄かな月明かりは雲に覆われ、恋人の姿を闇に溶かした。
「…雲が出てきたな」
 星だけを観測するなら、月明かりはない方がいい。だがなにも今このタイミングで。少し恨めし気に雲の向こうに隠れた月を見上げるソウルに、キッドが視線を落とし、呟くように言う。
「漆黒の夜空が暗ければ暗いほど、星は明るく輝き、未来への道を照らす…」
 なにやら格言めいた台詞の意図を測りかねて数度瞬いたソウルに、ふ、とキッドが笑う気配がした。
 あまり難しく考えるな。そう言って、手のひら一つ分の距離をぴたりと詰められた。肩に暖かい重みを感じ、柔らかな黒髪にさらりと首筋をくすぐられて少し動揺する。
「キッド?」
 首を回しても、キッドの表情は見えない。寄せ合った身体は暖かく、風も今は止んでいる。それでも囁かれた免罪符のような言葉。
「冷えるな」
「…ああ」
 見透かされているのだと気付き、ソウルは苦笑した。やっぱりこいつの前ではCOOLになんてなれない。つまらない感傷を振り払うように、今度は迷わずにその肩を抱き、夜闇よりも黒い漆黒の髪に頬を寄せる。
 全てを重ねる事なんてできなくても、ほんの少しだけ、寄り添える瞬間があれば、それでいい。そんなことを願いながら、静寂が溶けこんだ闇に身をまかせ、目を閉じた。