7月7日




「『いい男』、『キリン』…なんだこれは」

 七月七日。椿の故郷、日本の風習では七夕祭りと言って、短冊に願い事を書いて笹に吊るすのだと死人から死武専の生徒達に説明があった。年中行事って大事だよね〜、と言う死神様の一言で、正面玄関前に用意された大笹に、生達達が思い思いの短冊を吊している。後でついでに吊るしてくれと拳銃姉妹から手渡された短冊に目を通して、キッドは呆れたように眉を寄せ、逆に手渡したリズはきょとんとした目でパティと顔を見合わせた。
「願い事を書けばいいんだろ?」
「欲しいものを書けば良いというものでは…、」
 というか、キリンって。父上が変に気を利かせて本当に送ってきたらどうしようか。いくら死刑台邸が広いとはいえ、キリンを飼う余裕はないぞ。だからといって捨てるわけにもいかないだろうし。子供なら庭に繋いでおけばあるいは、いやしかし散歩はどうする?
 思わず実際にキリンが送られてきた場合のシミュレートを始めてしまうキッドの横で、リズが一際高い位置に吊るされた青い短冊を指差した。
「あれ、絶っ対ブラック☆スターだよな」
 一番高いところに吊るしてやると息巻いていたブラック☆スターの短冊には、遠目にも分かる『俺様一番』の四文字が。ご丁寧にサイン入りで。
 …訳がわからんな、もう。
 汚い字で書き殴られた、彼を象徴するような一言に、キッドは呆れつつも苦笑する。その横に隠れるようにひっそりと吊された、たおやかな筆字で書かれた短冊は椿のものだろう。
 『ブラック☆スターが一番になれますように』。いつでもパートナーのことが再優先な彼女らしい願い事だといえた。
 傍で同様に笹を見上げていたソウルが、あれマカのだぜ、と指した先には、ピンクの短冊が揺れている。女子らしい丁寧な字で、『ママみたいな立派な鎌職人になれますように』。予想通りだよなと、小さく笑ってみせたソウルの手元には短冊は既にない。
 そう言う自分の願い事は何なのだろうか。聞いて素直に答えるとも思えなかったので、キッドは吊るされた短冊にざっと目を走らせた。……『キムLOVE』だの『おばちゃんは見てるよ』だの、いまひとつ趣旨を理解していないと思われる短冊が目立つ。まあ、異国文化の認知度なんてこんなものか。隣では見上げ疲れたのか、ソウルがぐるりと首を回しながら言う。
「最初、これ吊るそうと思ったんだけどさ」
 なんかマカに怒られたからやめた、といってポケットから折りたたまれた短冊を取り出し、広げてみせる。『喰う寝る遊ぶ』 …それも願い事ではないな、とキッドは少し脱力した。
「COOLになれますように、とでも書いたらどうだ」
「んなこと、今更書くまでもないぐらい俺はCOOLだから。……何その顔、むかつく」
 笑っていいのかどうか判断しかねて微妙な顔をしたキッドに、ソウルは言葉の上だけ悪態を返して視線を落とす。キッドの手元に目をとめ、未だ吊るされていない短冊を素早く奪い取った。
「人のばっかり見てねーで、お前のはどうなんだよ」
「あ、こら、返せ」
「『皆の願いが叶うように』…?うわ、超模範解答」
 もうちょっと可愛げのあること書きゃいいのに、とつまらなそうに言って短冊を返したソウルに、キッドは軽く肩を竦める。
「俺は死神だ、皆の規範であらねばならん」
 それに、と前置きして、少し神妙な顔つきになったソウルに薄く笑ってみせた。
「自分で叶えるから意味がある物だろう、願い事などというものは」

 お前もそう思ったんじゃないのか。
 言って、他より少し離れた枝に翻る短冊を指差す。お世辞にも流暢な字とは言い難いが、力強く簡潔に記された言葉。『デスサイズになる』。願いというよりはまるで決意表明のようなその書き方が、捻くれ者の彼らしい、と思った。
「できない事は願わねーよ」
 照れ隠しのように言って頭を掻いたソウルに、短冊を吊るしてくる、と告げてキッドはその場を離れた。
 できない事は願わない、か。
 ソウルの言葉を反芻する。 この色とりどりの短冊一つ一つに、願いが込められている。俺は、皆の願いを聞き届けられるような存在になれるだろうか。…いや、ならねばならない。強い意志を込めて、笹に短冊を結びつける。遠巻きにこちらを見ているソウルと目が合った。デスサイズになるという、その願いはきっと叶うだろう。決意を秘めたその瞳に、そう遠くない未来を予感する。
 そしてその後何を願うのか。そんな事をふと思う。何故そんな事が気になるのか、視界の端で揺れる彼の短冊は、何も答えを返してはくれなかった。



 あの模範解答を手に、キッドは何を思うのだろうか。彼の後姿を見送りながら、ソウルは考える。その細い肩でいずれ世界を担うことになる、なんて、到底信じられやしないのだが。仮にその時が来たとして、自分は彼の傍に居てやれるんだろうか。その背にかかる重圧を、少しでも支えてやる事ができるんだろうか。
(守りたい、なんて)
 願えそうにない、今はまだ。 風に揺れる短冊と、それを吊るすキッドを遠くに見つめて、ソウルは心の内だけで呟いた。願うなら、ただ叶えるべく動くだけだ。声にならない言葉を胸に仕舞い、こちらに戻ってきたキッドに軽く手を振った。






「『世界をシンメトリーにする』とか書かなくて良かったのか?」
「………俺は死神だ、皆の規範であらねば」
(今ものすごく迷ったな…)