長差のない恋人



「ソウルお前、……背が、」

 しばらく会わないうちに少し伸びたなと、言って細めた金色の瞳には単純な事実に対する感想だけではなく微かな憧憬と若干の、なんだろう、嫉妬めいたものが微妙に入り交じっていて、それはつまり追い抜かれた事に対しての悔しさなんだろうが、その視線を受けとめる側としてはまァそんなに悪い気はしなかった。男の矜持ってのは大抵、こういったくだらないことで保たれているものだったりする。

「……まーね。成長期なもんで」

 出会ったばかりの頃、キッドが死武専に来て間もなかったあの頃は目を合わせる時いつでも、ほんの少しだけ視線を上げる必要があったのは俺の猫背のせいってだけでもなかった。実際、数字的にみても彼の方が僅かに身長は高く、しかしその細身と相俟って、並んで立つと実際の数値以上に差がついて見えることが割と癪に触ったもんだったが。その事実に引っ掛かりを覚え、意識的に距離を置いて歩いていた、こともあった気がする。何故そんな些細なことが気になったのか、……今ならなんとなく、分からないでもない。

「……すぐに追いつく」
「はいはい頑張って」
「………………」
「怒んなよ……んなことで。カルシウム足りてねェんじゃね?」

 余裕ぶった態度が気に食わないのだと不機嫌な顔をするキッドに無言で肩を竦めて見せた。追いつくというその言葉の含むものが、恐らく身長がどうだとかいうだけの話じゃあないんだろなァと、キッドがいないあいだに一つ増えた自分の肩書を思う。対等であろうとして背伸びをする滑稽さを、追い付けない焦燥感と歯痒さを、常に覚えているのはどちらかといえば俺の方なのだと言う事を口にはしないまま、これ以上機嫌を悪くされても困るのでせめて歩幅はできるだけ合わせるようにした。

「牛乳でも飲めば。したら、背も伸びんだろ」
「……やはり常日頃の食事の栄養バランスが重要なのだな……」
 
 そう言った横顔がやや翳る。それは死刑台邸で彼が口にする食事を思ってなのか、それとも。
 ついこの間まで虜囚の身であったキッドがどのような扱いを受けていたのだか、別に大したことはなかったぞとけろりとして言い放つサマからは推し測れなかったのだが、彼の口から語られた断片的なその情報から、あまり宜しいモノではなかったのだろうという事ぐらいは判る。どう気遣えば最適であるのかを考えあぐねて、あとはそうだなストレッチとか、と結局は場の空気を継続させることを選んで会話を繋いだ俺に、「そうだな」と応えたキッドが真顔で言うのだ。

「取り敢えず、ぶらさがり運動は効果がないということだけは良く分かった」
「…………」

 それがあの囚われていた間、自らが吊られていた時のことを指しているのだと気付き、お前そんな事考えて過ごしてたのかよと呆れて言う俺に、キッドが薄く笑みを返す。分かっている。彼にしては珍しい、冗談だ。
 もうすべて、終わった事なのだと言える状況にはなくとも、こうして笑いを交えながら話せる日がきっとくるのだろうと。誰もがそう信じ歩を進めてきた、その一つの到達点がここにある。喜ばしい事じゃァないかね。
 ――そうして再び新たな起点は設定され、目的地周辺まであと何メートルだとか考える暇も無くただ日々に流されて、何かを見失っちまうんじゃないかなんて思う事すらも忘れてしまいそうになる、時もある、けれど。
 夕暮れの帰り道、石造りの舗道に伸びた影は確かに俺の方が少しだけ長く、そのことに何故か安堵する。せめて目に見えるものに縋ろうとする自分の怯懦をそこに見た気がして、小さく苦笑した後、隣を歩くキッドの肩を、あんまり無茶はすんなよなと労わりを込めて軽く叩いた。