04 以来、最も年の近い先輩、として、梓はジャスティンをそれとなく気には掛けてきた。 近いとは言え、十三でデスサイズになったジャスティンとは、五歳以上の差がある。加えて二人の間には未だ、己の事を親しく話すほどの、物理的距離も、精神的距離も存在しない。 正直、なんの共通項も見出せないこの後輩と、対峙するのを苦手にさえ思う。 けれど、それは敬愛する主、死神様からの懇願であり、法と秩序を守る者としての義務でもあったから。 「ジャスティンくん」 少しの迷いと共に、言葉を探す。 「私たちは神に仕え、この身を神に捧げるものです」 届かないかもしれない、という恐れを、片隅に抱きながら。 「けれどそれは、個々人の人格を否定するものではないはずでしょう。信仰とは、自身を殺すことではありません」 「?」 ジャスティンの首がかくんと傾げられ、金髪の癖毛があわせてふわりと揺れた。 「そのようなつもりなどありませんよ。僕はただ、主のお言葉を賜ることを至上命題、絶対の喜びとして感じているだけです」 「……信心は美徳であると、周囲は貴方を評価します。けれど、…………貴方は。一体何を、恐れているのですか?」 「僕が? ですか?」 「信仰とは、漠然とした怖れそのものでしょう。人が信仰に求めるものは、魂の救済であると」 「……」 人間は、弱く、脆い。信仰が必要なのは、弱い人間だからこそだ。それは個人的な考えではあったが、彼を構成する本質でもあろうと、直観的に梓には分かっていた。 「恐れてなどいません」 真っ直ぐに、梓の瞳を見詰め返して、ジャスティンは言った。 「主は僕をお選びくださりました。このようなゆるぎない愛情を受けて、いったい何を恐れることがありましょう。神がそう望むのならば、この命を捧げることすら、僕には喜びなのです」 「……」 笑みさえ浮かべ語るジャスティンに、反論しようとして、止めた。梓のものとは対照的に、彼の言葉には一切の迷いがなかった。 主が己に微笑み、自分という存在を愛してくれると信じるから、彼は生きている。死さえも神へと戻る喜びとする彼にとり、自らの生とはただそれだけのものなのだ。 神に祈り、自らを捧げ、全てを委ねることでしか、孤独を克服できない。そんな彼の態度こそが、彼の敬愛する主に危うさを覚えさせ、そして己に恐怖に似た何かを抱かせるのだと、梓は知った。 「ところで梓さんはァ、こちらへは何の御用で?」 「…………オセアニア支部への出発の準備が整いましたので、離れる前に挨拶をと」 「オオー、そうでしたか。道中、お気をつけて」 話さなければならないことがある。 いつも、短い邂逅のなかでそう思い、けれどいつも諦めを抱いて、梓は別れを告げることになる。 「ジャスティンくん」 そんな連鎖は、いつか終わりを告げる日がくるのだろうか。 部屋を去る間際、声をかけてしまったのは。そんな微かな祈りの様な感情が、させた事かもしれない。 「何故いつも、貴方はここに?」 その両耳を、爆音で塞いでしまうより以前から。 ジャスティンは、この拷問部屋に一人、ぼんやりしている事が多かった。 「……不思議ですよねェ。ギロチンは、拷問道具じゃない。処刑道具であるはずなのに、こうして他のものと同じ部屋に収められている」 梓が来た時と同じよう、断頭台の前に佇み、それを見上げるジャスティンの目は、やはり焦点を失い、実際には何を見ているのかもよく分からない。 「異質の中に身を置くことに、孤独を感じているのだと?」 答えた梓に、ぱちくりと瞬き、クス、とジャスティンは愉快そうに笑う。 「やだなァ、梓さん。これはただの道具ですよ。そのような事を、思う筈がないじゃないですか?」 道具には感情などない。例えどれだけの血を吸おうと、道具は何も感じはしない。 そんなジャスティンの言葉はまるで、 目の前のそれではなく、――――自らの望みを語るようで。 「………………。日本では、命あるものだけではなく無機物にも、長い年月を経て感情が宿る、という思想があります」 「おおォーー。それはとても、スピリチュアリティな考え方ですね!」 感心したように言ったジャスティンは、「なら、」と続けた。 「全てのものに、心が宿るというのなら、――この処刑台は。この部屋に閉じ込められた我が身を、どう考えているのでしょうね」 「……、」 何も読みとれない、常と変らぬ完璧な笑顔。 けれどその言葉の端、僅かに彼の感情が、押し殺し損ねた何かが、見えたような気がして。 ジャスティン、と名を呼びかけた声は、梓の咽喉奥で絡んで掻き消えた。 何事も無かったかのよう、ウォークマンのスイッチを入れ、再び爆音の中へその身を委ねたジャスティンに、黙って眼鏡のブリッジを押し上げ、梓はくるりと背を向ける。 これまでとなんら変わらぬ、その距離。そこに歯痒さを、自らの非力を思うのは、誰より鋭い『目』を持つデスサイズスとして。彼の、最も近い先輩として。 ――本当に、それだけ、だろうか。 そんな疑問を胸の奥に沈める。 引いた鉄製の扉は、ここへ来た時よりも、重くなったような、気がした。 |