死神の髪を切る100の方法
 



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やるからにはぜってェー勝つ、そんな意気込みで、注目の転入生こと死神様の一人息子、デス・ザ・キッドに挑んだ決闘の結果は、散々に終わった。
それでも最終的に「倒れた」のはキッドの方だったわけで、まあ、逆転勝利だという俺とブラック☆スターの主張もあながち間違ってはいない。 と、思う。
彼の二人のパートナーのうち、髪の長い方におぶられて帰っていく死神様の息子を見送りながら、ふと地面に目を落とす。何か黒い、糸のような物が落ちているのが視界に入った。
「逆転勝利」 の要因となった、俺が切り落とした、キッドの髪だ。

(神の髪…とか)

うわ、くだらねぇ。ダジャレか。
一度は視線を外したそれを、でもやっぱり気になって、ざっと拾い上げた。一房にまとめて、軽く砂を払う。
死神の髪を切った魔鎌なんて、そうそういないんじゃないのか?
手にした黒く艶やかな髪には、少しだけ白いラインが入っている。彼のイメージをそのまま縮小したようなカラーリング。記念碑的な意味を込めて、持っておくのも悪くない。そう、決めた。
何かに包もうとして、ポケットティッシュもハンカチも持っていないことに気がつく。

( ………、)

マカに貰おうかと思って一瞬逡巡し、やっぱりやめた。
誰かの借り物で包んでしまいたくはない。これは俺の物だという、奇妙な独占欲。何故そんなことに執着するのかは、自分でもわからなかったが。
頭のバンダナを外してそっと髪を包み、ポケットにしまって、それ以上深く考えるのはやめた。



――



(…伸びたな)
長い指にさらりと前髪を掬い上げられて、キッドは微かに眉を寄せた。
追試常連組の勉強を見てやるという理由で、死刑台邸のリビングで教科書を広げ、こんこんと魂学とは何かというところから説明をしてやっていたところだった。
リズとパティはとっくに逃げ出した。ブラック☆スターに至っては、ハナから顔さえ出していない。なんとなく悪い気がして一人残ってしまったが、やっぱりリズ達と一緒にずらかっておくべきだったか。長い上に退屈な話に欠伸を噛み殺しながら、ソウルは目の前の友人の、特徴的なラインの入った髪に目をやる。
軽く頭を振る度に、さらさらと揺れる前髪。マカやリズが時々羨ましがっている、枝毛ひとつ無い艶やかな漆黒。
自分に無いものだから惹かれるんだろうか?
比較的くせっ毛な自分のそれとは質から色までまるで正反対で、その髪の持ち主自身が最も気に入らないとする白いラインまで含めて、ソウルはその髪が好きだった。
キッドが少し俯くと、その漆黒が金色の瞳を遮る。目にかかりそうな長さまで伸びてしまった前髪が、なんだか気になって仕方がない。
視力が落ちるんじゃないか、とか。死神には無用な心配だろうか?
魂学なんかより、そっちの方がよっぽど気になる。思わず手が出てしまうほどには。

人の話を聞いているのか。
明らかに気分を害しているキッドの言葉を意図的に無視して、ソウルの指が再び前髪を掠め、キッドの眉間に刻まれた皺は深くなる。ご機嫌斜めの理由は、不真面目な目の前の友人の態度、だけではなく。
前髪を切られて1週間寝込んだというキッド。あんな風にシンメトリーを崩されるのはもうごめんだ、と。そんな経緯で、髪に、殊更自分に触れられるとキッドは機嫌が悪くなるのだ、とソウルは推察する。
妙なトラウマを植えつけてしまったものだ。
手を払われる前に引っ込めて、でも視線はその前髪に留めたままソウルはぼんやりとキッドの説明を聞き流していた。

「…なんだ?さっきから」

まったく話を聞く気のないソウルの態度に、ひとつ大きく溜息をついて、キッドは教科書を閉じた。退屈な講義から解放されてソウルは内心安堵の息をつき、気になるんだよ、と、軽く肩を竦める。

「邪魔そうだなと思って」
「そういえば…最近切っていなかったからな」
「そろそろ切った方がいい長さだよな?」
「…そう、だな」

だから何だと言いたげな視線が向けられて。任せてくれれば、切ってやるのにな、俺が。そんなことを考える。

「切ってやろうか、俺が」

気がついたら口に出していた。
…何言ってんだ俺?
内心、自分で自分に突っ込みをいれつつキッドの表情を伺うと、あからさまに不審な顔をしている。そりゃそうだ。急に何を言い出すんだと自分でも思う。
何でもない、と言うより先に、口を開いたのはキッドの方だった。

「………鎌でか?」
「…いや、鎌はちょっと…、まあ、お望みなら、やってみるけど」
「やめろ!望んどらんわ、戯け!!」

右手だけを魔鎌に変化させたソウルに、ガタタッと派手な音をたててキッドが椅子ごと後ずさった。やっぱりトラウマの根は深いらしい。
なんだよ、冗談だろ。鎌を右手に戻しながら口を尖らせるソウルに、未だ警戒するようにそろそろと椅子をもどしながらキッドが問い掛ける。

「…できるのか?」

何が、と返そうとして、 カットのことだと思い至る。ああ、さっきの会話はまだ続いていたのか。てっきり終わったものだと思っていた。

「前髪ぐらいなら、いつも自分で切ってるぜ…家計節約のコツ、だな」

まあキッドには必要の無い概念だな、と思うソウルに、「器用だな」とキッドは感心したように金色の瞳を見開く。その様子からして、キッドが自分で髪を切るなんてことは無いに違いない。恐らく拳銃姉妹が、という事もないだろう。なんだかんだ言っても良いとこのボンボンだ、お抱えのスタイリストでもいるんだろうか。
自分には触れることだって満足にできやしないのにな、と。顔も見たことも無い、どころか存在すら不確かな人物に嫉妬めいた感情さえ抱きそうになって、COOLじゃねえな、と自嘲する。そんなソウルを不思議そうに眺めて、キッドはしばらく考え込んだ後に口を開いた。

「そうだな…そう言うなら、お願いするか」
「へ?…ああ、うん」

一瞬何をお願いされているのか分からず、返事が遅れる。
自分で言い出しておいてなんだが、正直、本当に了承するとは思わなかった。トラウマを克服する気にでもなったんだろうか?神様の考える事はよくわからない。
ハサミを取ってくる、とキッドが椅子から立ち上がる。一応、道具は一揃いあるらしい。何か準備を手伝うかとソウルに問われ、しばし思考を巡らせた後、教科書を片づけるように指示をする。

「どうせ、もう勉強する気もないのだろう?」
「バレてた?」

嬉々として机の上の教科書を鞄に仕舞いだすソウルに、仕方の無いやつだと呆れたように笑った。







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