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01
放課後、死武専の屋上に足を向けたのは本当に『なんとなく』としか言い様がない偶然で、別に探していたわけでも呼ばれたような気配がした訳でもないんだが、
「……ん、ソウルか」
「よう」
それでも想い人の姿を見つければ柄にも無く胸は弾むし、何か運命的なものの存在を信じたくもなる。なんて言ったらこの四角四面な神様は、センチメンタルだなと笑うんじゃないだろうか。そんなことを思いながら、キッドの隣に立ち、柵に背を預ける。
「何やってんの」
「別に……何もしていない」
キッチリカッチリが信条のはずのキッドにしては珍しく、どこか呆けたような答えが返ってくる。柵に肘をつき遠くを見つめる彼の視線の先を辿ってみたが、そこにはいつもと変わりない街並みが広がるだけだ。日差しは柔らかく、時折吹き抜ける風が心地よく頬を撫でる。なべて世は事もなし、か。
「なんかもう、すっかり元通りだな」
「概ね、な」
俺の言葉を補足したキッドの指差す方向に視線を移す。補修作業が追いついていないのか、立ち並ぶ商店の屋根の一部が欠けているのが目に入り、ああまだ完全に終わったわけじゃあないんだなとそこで初めて気付く。それぐらい、鬼神との戦いの爪痕はほぼ跡形も無くなっていた。
デス・シティに固定された死神様の魂を、街ごと強引に動かすという無茶をやってのけた、あの阿修羅との戦いはまだ記憶に新しい。阿修羅を倒し、アラクノフォビアを壊滅させたもののその代償は大きく、街にもこれまでにはない規模で被害が出ていた。比較的短期間での復興を可能にしたのは、勿論住民の尽力あってこそなんだろうが、死武専が全面的に指揮を取り支援した事も大きい。俺達もしばらくは復興作業に狩り出された。
しかしまあ、と街を見下ろしながら感慨にふける。あの天地をひっくり返した様な滅茶苦茶な状態で、あれだけの被害ですんだのは奇跡的だ。この街は死神様そのものみたいなもんだ、その生命力もハンパないってことか。
「そういやお前、現場の手伝いに来なかっただろ」
相変らず隣でぼんやりと遠くを見つめたままのキッドに向き直る。しばらく姿を見ないなと思っていたら、どうやら死刑台邸に篭もって「完璧な復興計画」とやらを練るのために寝食も忘れてドラフターに向かっていたらしい。リズが呆れたように言っていたのは狩り出された作業現場での話で、しかしその後も現場でキッドの姿を見かけることは無かった。
風にそよいだ前髪の隙間から、少しばかり翳りを帯びた目をこちらに向けると、彼は小さく溜息をつく。
「計画書が出来上がった頃には、整備は殆ど終わっていたんだ」
「……お約束かよ」
完璧を求めるあまり時間をかけ過ぎるのはキッドの悪い癖だ。まあ、間に合ったところで、どうせ損壊部を碁盤の目みたいにキッチリカッチリ作りかえようとか、ろくでもない設計書に違いないのだが。
しょんぼりと肩を落としたキッドに、そう気を落とすなよ、いつもの事だろと軽く言ったらジト目で睨まれた。なんだよ、本当のことじゃねぇか。
「そんで、黄昏てたってワケか」
「まあ……それもあるが、」
語尾を濁して再び街並みに視線を落としたキッドに倣い、何気なく、いつも行き帰りに通る道を目で辿る。倒壊した建築物は解体され、ほとんどは再建が終わったようだが、更地のままになった場所もわずかに残っている。あそこには何が建っていただろうか。いつも目にしていたはずなのに、既に思い出せもしない。
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