Girls Shopping 



 女二人のショッピングに、珍しくつきあってくれるって言うからまあ、荷物番とお財布係をキッドには担って頂いていたのだけど。
 いつもなら、うんざりした表情で座って待ってるだけのキッドが、どーしたことかそわそわとショーウィンドーに目を走らせてなどいるもんだからこう、なんか、乙女のカンっての? とにかくピピっと働くもんがあったわけよ。
「はー、キッドもそういうお年頃かぁ」
 背後からぽんと叩いた両肩が、ほんの僅かだけぴくっと跳ねたのは、不意を突かれたってことだろうと思う。常に周囲に気を張っているはずのキッドなら、まぁありえない、らしくもない有様だけど。自分の世界に入り込んでる時ってのは大概そんなんもんだわな、うん。
「……リズか。買い物は終わったのか?」
 精一杯平静を装っているところがいじましい。気付かない振りをして、にっと笑う。
「んーにゃ、まだ」
「それだけ買って、まだ買うのか」
 私が両手にぶらさげた、大きなショッピングバッグの束をみて、キッドが眉を顰める。またぞろ『流行を追いすぎ』だの『収納をもっときちんと』だの言いだすと長いので、その煩い口を開く前に素早く本題に入ることにした。
「コッチは終わったってば。……けど、キッドの服がまだじゃん」
「……は?」
「どっか遊び行くっつってたろー、来週だっけ?」
 誰と、というのは言わないでおいてやった。なんとなく。
 伏せている様子でもないのだけれど、うちのボンボンはともかくとしても、向こうさんはわりと繊細でいらっしゃるようだからして。
 うっかりお義父様の耳にでも入ったら色々と(魂とかが)ヤバイかもだしな、……なんて思うと逆になんだか、口がムズムズしちまうのが困りものではある。
 そんな私の言葉にしばらくきょとんとした顔でいたキッドは、しかしやがて居心地悪そうに眼を伏せた。
「いや、……俺は別に」
「えーっ。なに、いつものスーツで行くって?」
「……問題はなかろう」
「アリアリ、大アリだっつーの。季節感ゼロ、遊び心ゼロ、ついでに彩りもゼロの三拍子な」
「しかし、」
「いーからいーから、私らにまかせとけって。ばーっちりトータルコーディネートしてやっからさ!」
「お前らがか」
「……そんな嫌そうな顔すんなよ。あーはいはいわかってますよ、シンメトリーなやつならいいんだろ? ……あ、戻ってきた。おーいパティー。キッドの服見にいくぞー」
「ほーい」
 そのままパティと二人、渋るキッドの両脇をがしっと抱えると、ずるずると引き摺るようにして歩く。
 何を迷ってるんだか知らないが、だいたいデートってなぁ非日常感を楽しむもんだろ。いつもの恰好で、なんて空気読まないにも程がある。
 と言ってもキッドに『空気を読め』と強要することの虚しさを、知らないやつもあまりいないっちゃいないが。……ま、そのために私らがいるワケだよな。ご主人様の苦手分野を、補って支える優秀に過ぎる武器だよホント。

 などとどうでもいいことを考えつつ、ショッピングモールをぐるりと見渡す。
 買うと決めたなら早いほうがいい。なにしろキッドの品定めには異様に時間がかかるからなぁ、シンメトリー的な意味で。
「どーすっかなぁー。ストリート系なんかは似合わなそーだし、けどあんまりモードっぽいのも……ちょっと可愛い目ぐらいのがいいかねぇ」
「オッケ〜! ひあうぃごー」
「……おい! 引っ張るな、パティ!」
 そうやって張りきってマスターを引き摺っていたパティが、「おおっ」と何を発見したのか声を上げる。
「ほらあの店。なんかキッド君の好きそーなグッズ置いてる!」
「何、――って、ふざけるな! そっちは明らかに、レディースブランドではないか! それぐらいは俺にだって分かる!」
 楽しげな声につられるようにして、ショーウインドウに目を走らせたキッドが、たちまちその声音を怒りに染める。
 パティの指差したストアには、骸骨だの蝙蝠だの蝋燭だの確かにちょっとそれっぽいものがディスプレイされていて、但しマネキンが来ているのはレースリボンを多彩に施され、豪奢な妖艶さと可憐さがあいまった、ごてごてしたドレス。
 ……所謂、ゴシック・アンド・ロリータ、ってやつだな。
「ほぇ? だってほらあのふりふりフリル、すっごく可愛いよー」
「いやパティ〜……、確かに、可愛いかもしれないけどさぁ」
 どこまで本気なのかよくわからない我が妹に、微妙にひきつった笑みを向ける。
 またキッドときたら死神のお肌効果で色は白いし、男にしちゃまぁ線も細い方だから、着せたら妙〜に似合っちまうんだろうなぁ、などと想像したら咽喉奥から変な笑いが漏れた。
 ……いやいや、傍で見てる私らは面白いからいいんだけどさ。
「さすがに初っ端からロリータファッションは、あちらさんもハードル高ぇんじゃないのかなーって、お姉ちゃんは思うわけよ」
「うーん。ゴスロリより、甘ロリ?」
「そーいう問題でなく」
「ええい、最初も最後もそんなものはない! ……さてはお前ら、完全に遊んでいるだろう!」
 掴まれた腕を振りほどき、怒鳴るキッドに「あ、ばれた」とパティが舌を出し肩を竦め、私は私でキッドがホントにこれ着てデートに行ったなら、お相手はどんなオモシロ百面相するだろうか、と考えるだに笑いが止まらないのだった。


 そんなこんなでモールを出るころにはすっかり日も落ちていて。
「……結構、大荷物になっちまったなー」
 タクシーを待つ間、流石に少し疲れてベンチに座り込む私とは違い、まだまだ体力有り余った様子のパティが、今日の戦利品がたっぷり詰まったショッピングバッグを、大事そうに抱えてはしゃぎまわっている。
「ったく、……まだ来ないのかよー。おっせーの」
「なら、歩いて戻るか?」
「これ全部抱えてあの距離歩けってか? 冗談だろ!」
「わたし平気だよ?」
「勘弁して……お姉ちゃん、あんたらと違ってか弱い乙女なんだから」
 なにを情けない事を、と渋面を作ったキッドの横で、パティがくるくるとおどけてターンして見せる。危うく接触事故を起こしそうになったところで、身をかわしたキッドが少し苦笑交じりに呟く。
「屋敷まで、届けてもらえばよかろうに」
「えー、やーだぁ。帰ってすぐ、ファッションショーしたいじゃん?」
「ああ、なるほどな」
「キッドくんも一緒にだよ! ね、お姉ちゃん」
「俺もか……」
 三つ分の視線が足元に落ちる。そこには私らの戦利品に混じって一つ、メンズブランドの大きな紙袋。
「もちろん」
 結局、私が頭から足まで選んでやったんだから、その成果はぜひ披露してもらわないとだな。まったく、……手のかかるマスターだこと!
「……そう、だな」
 パティに絡みつかれながら、キッドが少し照れたように笑う。それは屋敷に帰ってからの騒がしいひとときを思っての笑みなのか、それとも。

 アイツにしか見せない顔もあんのかなぁ、なんて件のデートのお相手のことを思ってしまってふと、どこか感傷的になっている自分に気付く。手のかかるボンボンの世話係。一人増えれば負担は分散、仕事が減って大助かりだ、ってのにさ。なんだろうね、この感じ。胸のあたりがなんだかモヤっとするような気もするし、……逆にスースーとやけに風通しがいいような気も、しないではない。
「……? なんだ?」
「んー」
 纏わりつくパティの腕を払ったキッドが、私の視線に気づいて振り返る。
 ……うん。さっきより全然イイ顔してる。やっぱ、シンメトリー以外の事で悩んでるキッドなんざ、らしくないわな。
 私らにできる事といったら、せいぜい彼が『らしく』いられるようにサポートしてやることぐらいだ。何も変わりやしない。今までも、これからも。
 そう自然に思えたら、変な蟠りはスっと音も無く消えた。
「なんでも。……私も早いとこ、彼氏作ろっかなァってさ」
 何かを成し終えた後の心地よい疲労感とともに、ベンチから腰を上げる。
 なんか恋でもしたくなっちゃったわー、と大きく伸びをしたところで、「今度は続くとイイね!」という我が妹の容赦ない一言。うっ、と思わず足元がよろけた。……いやぁー、無邪気って時に残酷!

「しっかりしろ、……ほら」
 私の腕を支えたキッドが、まったく仕方が無いな、と呆れた風に言う。
「痛ってー。靴ズレしてる」
「慣れない靴を履いてくるからだ。ヒールも高い。だから重心が不安定になるんだろう」
「いーじゃん。脚力強化に役立ってんだよ」
「この程度でふらつくようでは、それも怪しいな」

 そうしてまた、つまらない説教が始まるのだ。え? もっと動きやすい服装? 咄嗟の事態ってなんだよ。てか武器化したらいいじゃんそん時は。ああもうほんと口煩い、お前は私の保護者か、っての。
 そういうとこは変わってくれてもいいんだけどなァ、などと思いながら昔より少しだけ位置の高くなった肩に捕まり、サンダルのストラップを緩めて私は小さく溜息をついた。




[end.]


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