き見る永遠


お昼休み、そこを通りがかったのは、たまたまだった。
音楽室から溢れ出る旋律に、私は足を止めた。
魂を感じ取るよりも早く、うねり流れるピアノの音に、無意識のうち、奏者にあいつを連想する。
音楽室の開き戸に付いたガラス窓から、そうっと中を覗き見る。
やっぱり、だ。
グランドピアノに向かうパートナーの姿に、思わず噴き出しそうになる。
なんて、真剣な顔。
授業でも、家でも、見せることはない顔だ。
きっと「こういう時」用の顔なんだ、と私は納得する。
室内にはもう一人、人がいた。
人じゃない、か。
開け放たれた窓辺に佇む、その少年は、死神様の子だ。
キッドだった。

春の風に舞い踊る白いカーテンより、もっと白い横顔は、渦巻くピアノの調べに深く浸っているようにも、逆に、その一音たりとも耳に入っていないようにも、どちらとも取れる、気怠げな、憂いを帯びた表情をしていた。
ソウルはともかくキッドには、もしかしたら、室内をこっそり覗き見る私の気配は気付かれているかもしれない。
けれど彼は動く素振りもなく、ただぼんやりと、窓の外に目を向けているだけだった。
午後の光は柔らかく、二人を包みこむ。
お昼休みは永遠で、流れる旋律にも終わりがないんじゃないか、などと、危うく感傷的な勘違いに陥りそうになる。
小さな覗き窓に切り取られた光景は、あまりに眩しくて、私は堪らず目を逸らす。

だけどこの場を立ち去ってしまうのはなんだかひどく、惜しく思えた。
だから私は、音楽室の壁にもたれ、瞼を閉じ、耳を傾ける。
壁一枚を隔て、漏れてくるのは、ソウルの、ピアノ。
どんなに褒めてもねだっても、私には絶対に弾いてくれない、それはとても貴重な音だ。
唯一パートナーを組む時に弾いてくれた、あのめちゃくちゃな曲よりも、随分整った旋律に、少しだけ、心が揺れる。
弾けるのに、弾かない。
それは、どうしてなのか。
聴かせる価値も無いから?
キッドには、その価値がある、と。
まあ、恋人には敵わない、か。
とはいえ、恋人に聴かせるにはやや情緒に欠ける、ハイテンポな曲調に、ちょっと安心する。
完全なる、負け惜しみだった。