Day.1 遂に噂の『島』へとやってきた。 道すがら、色々と話は聞いていたけれどそれにしてもこの状況には驚きを隠せない。噂話は往々にして虚構を含むものだし、とても信じられないような話も一つや二つじゃ無かった。 そういった話のいくつかは此処に着いた段階で事実だと証明されてしまっている。少なくとも僕は冒険家や賞金稼ぎ、傭兵といった類の人間がこれだけ集まって一個のコミュニティを形成している様子は目にしたことがない。 「招待状」と言う要因が有るとはいえ、やはり戦争でも無いのにこれだけの規模だと圧倒されてしまうなぁ。 軽く見て回った印象だと、集団規模からするとかなり高いレベルで治安が保たれているみたい。これは外観で潰しが聞かない僕にしてみればかなり都合が良いから助かるね。 この様子だと肝心の遺跡の出入りが比較的楽だと言うのも事実なのだろうかと思い、足場を固める役に立てようとその情報の真偽を確かめておく事にした。 遺跡の様子、と言うか内部はこれもまた噂通りだった。 岐路に佇む吟遊詩人、二つの魔方陣、そしてもはや「内部」と呼ぶに相応しくないその先。 ここまで噂が的中してくると、他のアレな噂やコレな噂もあり得るのだろうか、と言う気になってくるね。 まぁ、その辺になると確かめるのにも一苦労なんだけど……確認出来るかどうかは僕次第、かな。 ともあれ今日は初日だし、深入りせずに様子だけ見て引き返す。 本格的な探索は明日からにして、下準備を整えようと思ったのだけれど意外な壁がそこにあった。 通貨だ。 島には既に独自の流通と需要・供給が出来上がってしまっているらしく、僕の持っていた金銭が役に立たない。 これは全くの予想外で、洒落にならない痛手だった。 そもそも一カ所への長期滞在を滅多にしない生活の僕は、可能な限り荷物を軽くして大概を現地調達でまかなってる。そして今の僕はまさしく必要最低限なのだ。 幸い、食用に向いた草やらパン屑やらは潤沢に集められそうなので飢える心配は無さそうだけど、その程度の食料しか調達できないようだと長期探索は怖くて挑めたものじゃない。暫くは入り口近くを行き来して、独自通貨になっているPSをなんとか集めるのが当面の目標になりそうだ。 日記を書き終えたら、明日に備えて軽く体の調子を確かめてから休もう。 この島が僕の望みを成就させられる場所かは分からないけど、それは僕が手を抜く理由にはならないからね。 余談:この島、なんであちらこちらに薬が落ちてるの?イロンナ意味で怖いんだけどこれ。 Day.2 遺跡内部の散策を始める前に、遺跡外でも昨日とは別のエリアを散策してみる。 見て回れた分だけでも、この島を訪れた冒険者が自発的に形成しているコミュニティはかなり多い。 その中に一つ、個人的に特筆しておくべき場所があったので記しておこう。 場所は島の中でもだいぶ外れの方にある掘っ立て小屋で、そこでは黒襟 餞と言う子が食事処を切り盛りしていた。彼女もやはり遺跡に挑む冒険者らしい。 最初彼女の食事処の近くを通りすがった時に僕は自分の鼻を疑ってしまった。その時に感じた美臭は僕にとって余りにも久しく、半ば忘れかけていた程に遠ざかっていたからだ。 あまりにも抗いがたい衝動に押されて入店した僕を出迎えたのは、ある意味予想通りの衝撃だった。 その衝撃の内容と理由を語るためには、僕がこの「島」に抱いている疑念を証明してからでなければ伝える事が出来ない。 語れるとすれば僕がこの島に来たのは正解だった事と、少し大げさな表現になるがこの世界で初めて僕はその魂を救われた、と言うことだろう。 はなちゃんの素晴らしい料理を堪能し、島の外のものでは有るけれど心ばかりの貨幣をおいて僕は食事処を後にした。 出来れば次はちゃんとPSを持参して訪れたいところだけれど、それが出来るかどうかはこれから次第だ。 今日から僕も、本格的な遺跡の探索を始める。 『始まりの右足』から遺跡に入り、道なりにまっすぐ進む。入り口の至近と言うこともあり行き交う冒険者も少なくない。 この辺りが既に探索し尽くされている事は耳に挟んでいたし、もっと奥まで進んでからこそが本格的な探索になるだろう。 これだけの人通りだと、懸念していた敵性体との接触も暫くは (日記は此処で途切れ、紙面には僅かにインクが飛び散っていた) Day.3 耳に聞こえた草の擦れる音でとっさに身を翻す。其処に居たのは想像とは別の存在だったけど、こちらを狙う敵意だけは予想通りだった。 ならば僕がするべき事も変わらない。懐からCryingRedを抜くと、一瞬だけフェイント気味の溜を挟んで一気に駆ける。 体の軽さは上々だ。相手と距離を肉薄するまでは一瞬で済む。敵は動く植物的な存在らしく、初対面の僕にはその体力・物理力など計りようがない。 だから―― 「これが僕の初戦……出し惜しみはしないっ!」 元より無策、最速で一撃を打ち込むのみだ。 間詰めの勢いを殺すことなく、逆手に握ったCryingRedで袈裟切りの軌道を描く。速度任せの鋭さに偏重した一撃だけど手応えは良好だ。 切られた雑草がモッサァ、と悲鳴だか憤怒だか繊維の擦れる音なのかよく分からない音を立てる。 僕の動きに何か感じるものが有ったのか、雑草の反撃は微妙に遅かった。少し身をよじるだけで難なく躱せる。 だけど突進の勢いを殺せず、回避行動が次に上手く連動できなかった。体を回転させて二撃目を狙うも、今度は僕の方が上手く届かない。失態だ。 相手がその失態を的確に突いてくる。僕が勢いを生かす為に取った回転からの一撃は、殆どその場を動けていなかった。 その一撃を躱されればそこに棒立ちも当然の標的が居るのだから、攻撃を躊躇う理由がない。雑草の一撃が僕の脇腹をしっかりと打ち据えた。 「ぐっ……!」 その一撃を受けた瞬間、衝撃と同時に世界の動きが緩やかに―――― (――違う!) 世界は緩やかになったりしない。変動するのはいつだってそれを見る主観だけで、それは僕の目の働き方次第だ。 今の打撃の影響だろうか、長らく入ることの無かった僕の目のスイッチがオンになっている。 衝撃から身を立て直し、反撃を試みる瞬間も目のスイッチはオンの状態を維持してくれていた。 集中する。目だけではダメだ。それを生かす体のキレが無いと意味がない。集中しろ集中しろ集中しろ! (――見えた。体も付いてきてる。いける!) 体の重みが消える幻覚が来る。重みが無いと言うことは制限がないと言うこと。僕の中に在るイメージを現実に降ろせると言う事だ。 「ココだ!!」 突進から駆け抜けて横一線の斬撃で撫でる。その勢いのまま身を回し、最遠点を通過する上円軌道で二撃目を、怯んだ隙に両手で構えて逆再生軌道で力任せに引き裂く。 三連撃が致命傷だったのか、雑草の反撃はあえなく宙を掻いてそれきり動かなくなる。どうやら僕は「遺跡」での初戦を無事にこなせたらしい。 「ふぅ……」 体が予想以上に僕のイメージを追従できている。理由は分からないが、良いことだ。 この調子なら、危惧しているよりは順調に探索を進められるかもしれない。あくまでも危惧しているよりは、でしか無いけれど。 戦闘を終えて一息ついたときに、状態の良い石英を見つけた。僕が持つ分には鑑賞用品でしか無いけど、持つ人が持てば石英は十分に幅広い用途が有るので拾っておく。 あと遺跡に入るまえに調達した野草と同じ種類の草を見つけたのだけど、見つけた場所が僕を襲った奴の遺骸の中、と言うのが大いに気にかかる。 取り敢えずコレは最終手段、と言うことにしておこう。 明日は次の魔方陣を目指して探索を進める事にする。もしかしたら一日で辿り着くのは難しいかも知れないけれど、行けるところまでは行くつもりだ。 Day.4 昨日の戦闘で消耗した分を考えて、念のために少し長く休憩を取ってから出発することにした。遠景に森が見えるのでそれを目印にして草原を進んでいく。 遮蔽物に乏しく広大な空間なので、他の冒険者や住み着いた生き物の姿もちらほらと見える。戦闘中の様子も、だ。 余計な戦闘をするつもりは無いので、見える相手は出来る限り迂回して行くことにしよう。 目に見えた相手の方角や風向きを基に草原を蛇行していく。 …………さっき見かけた野犬との距離が離れてないな。ここまであからさまに後を付けてくるとは大胆だなぁ。 向こうも単独のようだしまだ距離はあるから、妙な隙を見せなければ諦めて引き返すかもしれないけど、少し向こうの空気に怪しいものを感じる。いつでも短剣を抜けるようしておこう。 夕暮れが近くなるまで歩き通したけど野犬は相変わらずこちらの後を付いてきている。休憩を長く取った分、少しでも先を急いだのが徒になったかな? 向こうがこっちを余りにも警戒していない。 このままだと日が暮れてこっちの不利になるのは目に見えているけど、わざわざそれまで大人しくしている理由は僕に無い。 草食動物と違って僕は野犬に食われるか逃げるか以外の選択肢がある。向こうはそれを意識していないだろう。 時間的な猶予も少ない。仕掛けるなら、今だ。 歩く動作から体を落とすようにして体を回し、野犬へと一直線に走る。少し距離が遠いが逃げる素振りは見せていない。距離を詰める。 腰の短剣を抜く動作から直接野犬に切りつけるが獣の瞬発力で一気に間合いの外まで逃げられてしまう。 着地から溜のない動きで野犬が僕に飛びかかってきた。だけどその直線的な反撃は僕の”目”から見たらお粗末だ。 野犬の鼻先を押さえて全力で押しのけ、その反動で距離を取ると今度は全速で目標の方角へと走った。 視線を野犬に向けたままで走る僕に、野犬は諦めがつかないらしく併走してきた。風を切る勢いで二つの走りが伸びていく。 僕に併走しながら野犬は距離を詰めてくる。もう一度僕に飛びかかるつもりなのだろう。 敢えて僕はそれを妨害しない。野犬を視界に納めたまま走り続ける。痺れを切らしたか機と見たか、野犬の足に一層の力が籠もるのが見えた。 その動きに併せて、僕もステップを踏む。 相対速度を殺された野犬の牙が、ゆっくりと僕に向かってくる。後はこの身が全力で何処まで動けるか、だ。 短剣を振るう。直撃。二撃目は一撃目の勢いを殺しきれず軌道が逸れる。だが相手の動きは乱れた。着地する瞬間に身を捻り傷口へ蹴りをたたき込む。 野犬の動きが痛覚で怯んだ。苦し紛れに振るう爪を躱し、追撃で短剣を突きこむ。だが刺した短剣を抜く動きが、野犬の筋肉の収縮で僅かに遅れてしまう。 「しまっ――」 二度目の爪が来た。左手で体を庇いつつ後ろに歩を踏む。衝撃を殺しきれずに身が浮いた。咄嗟に宙返りを取ってバランスを取るけど、空いた距離を野犬は一気に駆け寄ってくる。 でもその速度は明らかに鈍い。渾身のタックルなのだろうけど、もう流れは僕のものだ。 ガードを兼ねた斬撃を正面から撫でつける。その勢いで身を回せば、まだ振り向いていない野犬の姿が目の前に有る。 「――仕上げさせて貰うよ!」 振りおろしの一撃から返す刃で切り裂く。派手に飛んだ鮮血は僕が与えた致命傷の証だ。野犬の身が地に沈む。 「……ふぅ…………」 終わってみれば悪くない結果だった。無傷では無いものの、苦戦はしていない。 今後の進展によっては、目的地を最寄りの魔方陣から一つ奥に変えても良いかも知れない。 Day.6 ……どうにか筆を取れるまでに回復してきた。 一個目の魔方陣の目前まで辿り着いた僕の前に人語を解する一角獣が現れた。 彼(?)は僕に「引き返しなさい」と警告してきたが、僕にはその警告に従う意思はなかった。 そしてそれは一角獣にも分かっていたのだろう。向こうの取ってきた行動は分かりやすく、口で聞かないなら力ずくで、と言う流れになった。 魔法の資質が無い僕にとって、一角獣の扱う超常的な攻撃方法はあまりにも荷が重かった。 紙一重の僅差で一角獣を迎撃する事は出来たけれど、冒険の継続が困難な程に叩きのめされてしまったのだ。 他に一角獣が居たら耐えられないと判断して魔方陣の側を離れ、そこで精根尽き果てた僕は丸一日を休息に費やした。と言うよりも動けなかった。 日暮れ後に昆虫なのやら妖精なのやら良く分からない相手と交戦したけれど、一角獣ほどの苦戦はせずに済んだ。 あるいはあの一角獣は、迂闊な冒険に手を付けようとする冒険者を振るい落とすためにあそこに居たのだろうか? 真意がどうであれ、僕は遺跡一階の前半を終えようとしている。 昨日の一角獣と今日の謎生物との戦いを考えると、流石に初の探索で中間部まで挑むのは少し急ぎすぎだろう。明日は森林を抜けた先の魔方陣を目指すことにしようと思う。 Day.7 「にゃー」と、えらく可愛らしい悲鳴を残して山猫が逃げていった。いや、悲鳴だけじゃなくて見かけも可愛かったけれど。 ただ、その山猫と交戦した僕は結構な損害を受けている。幾ら可愛らしくてもそこは立派なリンクスだった。 ただまぁ、損害を受けたと行っても致命的なレベルでも無いので行軍を止めることはしない。 このままのペースで山岳と森林を抜けて行けば、今日中に魔方陣へと到着できる筈だしもう一踏ん張りだけしよう。 山岳を抜けて森林を行軍している。途中、随分と丈夫そうな韮を見つけたので思わず引っこ抜いてしまったけれど、手に持って見ると余りにも丈夫過ぎる。とても食べられた物じゃ無さそうだ。 取り敢えず収穫として持って行くことにするけど、どうしようかな、コレ…… 無事に魔方陣へと辿り着くことが出来た。 未知の危険地域を単独行で連続六日。流石にそろそろ僕の集中力も限界に近い。 小休止して一息付けたら一度遺跡の外に戻って休養を挟もうと思う。勇敢な速度は一歩を拓くけど、慎重な積み重ねも一歩を築く、ってね。 今回の行軍でそれなりにPSも手に入ったし、路地裏にひっそり縄張りを張ったりしなくても冒険者向けの安宿を確保出来るかもしれないし。 Day.8 遺跡から帰るにはまだ早いみたいだ。 魔方陣に乗ろうとした矢先に、後ろから物音……いや、足音が聞こえてくる。 振り返ると、腐乱した死体が自立し行動した存在、端的に言えばゾンビが僕に向かってやってくるのが見えた。 昨日の行軍が楽だったこともあり、体調は上々だ。自己鍛錬の為に敢えて迎え撃つのもやぶさかじゃない。 やってあげようじゃないか。 ゾンビに向かって一直線に駆け寄る。向こうも戦闘状態に移行したのか、先ほどまでに比べれば幾分か早い動きで腕を振り上げた。 だがそれでも僕の目からしたら圧倒的に遅い。相手が振り下ろしてきた腕に突き刺す形でナイフを突き刺す。 ゾンビの掌とナイフがぶつかり合い、刃がぐっさりと突き刺さる。だが先手を取った分の優位か、ゾンビは突き刺された衝撃で身を僅かに揺らしている。 コイツの反応は、明らかに僕の速度に追いつけていない。ナイフを奪われないように一層強く握りしめて、ゾンビの身に蹴りを入れる反動でナイフを抜き取りつつ横飛びに距離を取る。 振り向く速度が遅い。その速度なら君が振り向く前に僕は背中まで回れるよ。 そのまま二撃を叩き込んでまたバックステップで離れる。ゾンビが闇雲に腕を振り回しても、既に僕はレンジ外まで離れた後だ。 相手がコッチに正対するのを待ってから、敢えて一直線に飛び込む。振りかぶった相手の肩に飛び蹴りを入れて攻撃をキャンセルさせる。引き足の勢いを流して身を捻り縦の斬撃。着地から相手の顎を蹴り上げてのバク転。 再び距離を取ってから立ち上がった僕の視界に、もう動く物は存在していない。 僕が遺跡を探索し始めて、初めて勝ち取った無傷の勝利だ。 Day.9 宿を取った。安宿だけどベッドの状態は悪くないし、近くに水場があるから自力で頑張れば湯を浴びることも出来る。 島に来た初日に、路地裏で一晩過ごした事を考えると、なんて素晴らしい進歩なんだろう…… 遺跡に潜って手に入ったPSはそこそこの額に相当するみたいだから、当面は安定してこの宿のお世話になれそうだね。 明日からまた遺跡に潜るつもりだけど、今度は真っ当にに携帯食料を調達して挑めるし、やっぱり経済力って大事だなぁ…… 今後の課題は、遺跡で無作為に拾ってきた素材の数々をどうするか、かな。 韮とか。 僕は格段体格が良い方じゃないから、余り大量に物を持ち歩く訳にも行かない。 かと言って、安心して預けられる先が有る訳でも無いし……どうしたものだろう。 まぁ、見たところさして価値のある物を拾ってる訳でも無さそうだし、物が溢れそうになったら捨てれば良いかな。 韮とか。