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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第∞話:バレンの丘

 こーん……。
 駆け出し吟遊詩人(トルヴァドール)ラヴェル。
 赤いコスチュームに身を包んだ彼は、その高い絶壁の上で石化した。
 ……別に高所恐怖症な訳ではない。
 ここの崖の上から美しい海と島が見えると聞き、その風景を詩にしようと思ってわざわざ やってきたのだった。
「ええと……」
 ない知恵を絞る。
「青い空、青い海。足元には花が……?」
 詩に読み込めそうな花はないかと足元を見るが花など咲いていない。
「……馬鹿か、お前」
 ラヴェルの後ろで相棒が呟く。
「見て分からないか。海や空が青いとは限らんだろう?」
 確かに見上げた空は……薄墨色だった。海も黒く、荒れる波だけが白い。
「空や海は青いなどという先入観は捨てるんだな」
 レヴィン。
 それが相棒の青ずくめの名前だった。
「見たままを詩にすればいいだろう」
「見たままって……」
 もう一度荒れる海と重苦しい空、岩盤の露出する足元の台地を見る。
「……詩にできるような風景じゃないよ、これは」
「それはそうだが……」
 レヴィンも吟遊詩人(バード)だ。
 とはいえ、ラヴェルがいかにも吟遊詩人らしい服装をしているのに対して、彼の方はパッと 見……どこかミステリアスな不良兄ちゃんだった。
「あーあ、何で今日に限ってこんな天気なんだろう」
 ラヴェルは溜め息を付く。
 この崖の上からの眺めが素晴らしいと聞いてわざわざケルティア王国南西部、自然の他には 何もないこのコノート(古名コナハト)地方・バレンの丘まで来たというのに……この天気だ。
 荒れる海、暗い空、吹き付ける風、おまけに霧まで出てきてしまった。
「ぼやくな、雨が降っていないだけマシだ」
 ラヴェルは、ハアァ……と溜め息を付いた。
 それでも、せっかく来たのだからレヴィンの言う通り、見たままの詩を一つくらい作って から帰ろうと、頭の中に言葉を並べ始めた。
「荒れる海、暗い空。辺りには何もない。風は強く……」
 詩というより、状況を述べるだけの文になってしまう。
「花すらも咲かない荒れ地は……」
 コノートの地面は岩盤が露出、生える草木はこのような荒れ地にのみ咲くヒースだけ。
 ……不意に後ろで声がした。
「……アストラルフレア」
 どっかーん!
「ああっ、静かにしてよ!」
 せっかく思い浮かべた言葉の連なりが消えていく。
 ラヴェルが振り向くと、丁度彼の後ろでレヴィンが魔法を炸裂させたところだった。周りで ゴブリンが何匹ものびている。
 しかし、たかがゴブリンごときに禁呪……古代魔法を放つ辺り、やっぱりレヴィンて魔物だ。
 ぶつぶつ。
 気を取り直して。
「大地は岩の……」
「バーストフレア」
 どこーん!
 振り向くとまたレヴィンが……今度は寄って来たコボルトに精霊魔法を食らわせたところだった。
 まったく、コボルトごときに精霊魔法を使わんでも……。
「あの……」
「ああ、済まんな、気にせず続けてくれ」
 再び気を取り直して。
 ラヴェルは辺りを見回す。崖の下には白い波が砕け散っている。
 この辺りの海深く、光の届かない淵の中にはフォモールとかいう魔性の一族が住んでいるという。
「砕け散る白波は……」
「……フランメン・メーア」
 ぼおおおおおおっ!
 凄まじい熱気に振り向くと、またもやレヴィンが……今度はプヨプヨと近付いてきたスライムに、 灼熱の最上級黒魔法を浴びせたところだった。
 それにしてもスライムごときに……。
「……レヴィン、もしかして、わざとやってない?」
「いや」
 どうも気が散る。
 ラヴェルはちらちらレヴィンを見張りながらまた詩を練り始めた。
 そこへ……。
 どかっ!
「れーーぶうぃーーんーーっっ!!」
「うん? 何を怒っているんだ? 今度はうるさい魔法は使ってないぞ」
 どこから出てきたのか分からないが、レヴィンは巨大なスプリガンを事も無げに投げ飛ばし、 荒れ狂う海に落下させた。
「だって、僕にぶつけようとしたでしょ!」
「していないが……何でそんなに怒るんだ?」
 しらっとレヴィンがとぼける。
 ぷち。
 ラヴェルだって頭にくる時はくる。
「もう〜〜! 邪魔ばっかりして! いつまでたっても詩ができないじゃないか!」
「そーなのか?」
 ぷちぷち。
「当たり前だ〜〜! こんなに邪魔されちゃ、できっこないでしょー!!」
 レヴィンは片方しか開けていない赤い瞳をパチクリさせたが……やがてニヤッとすると、足元に 置いていたリュートを手に取った。
 風に旋律が乗る。


 荒れ狂う海は何を思うのか
 吹きすさぶ風は何を運ぶのか
 我が足元はモハーの断崖
 白き波の向こうはアランの島々

 漂う霧は風に凍て付き
 流るる雲は空にのまれる
 明るい太陽はいつ空を満たすのか
 暗き雲は厚く閉じたまま

 気まぐれなるシャノンの流れ
 その西に広がるは
 地獄よりも荒るるコナハトの地

 岩野原(こうや)にのみ咲くヒースの花は
 冷たい霧にぬれて凍える
 巨人の通った昔の道は
 ただ玄き岩の転がるのみ

 輝く陽も豊かな木々も
 緩やかな風も生命を育む水も
 踏み締める土もなき
 バレンの丘


「………………」
 一体いつの間に作ったやら。
 ラヴェルは沈黙するしかない。
 彼が考えていたような言葉とは比べ物にならない。
「さてラヴェル、一つ詩も出来上がったことだし、そろそろ帰らないか?」
「あーーーーうーーーー……」
 駆け出しの売れない吟遊詩人ラヴェル。
 どうやら彼の詩の出来があまり良くないのは……。
 ……相棒のせいのようであった。

‐完‐

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