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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第∞話:猛犬に注意

「うるあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 凄まじいまでの掛け声、もとい、絶叫に近い雄たけびが空気を震わせる。
 ザッ……ガガガガガッ!!
 伝説の武器、ゲイ・ボルグ。持つ者の闘気に反応し、それを魔の矢尻にかえて放つ槍。
 裂帛の気合いと共に、常人には持ち上げることすら適わぬ重い槍から、矢尻のようなもの が雨よ霰よとほとばしる。
 その一瞬で、彼の周りを取り囲んでいたオークの群れはミンチと化し、辺りの木々もずた ずた、地面すらもえぐれていた。
「おおっし! これで全部退治だ。帰ェるぞ!」
「おおっ!」
 ケルティア王国南西、荒涼としたコノート地方。
 その辺りを支配する土着の戦士団・赤枝(レッド・ブランチ)。
 その頭目の猛犬ことク・ホリンは名高いゲイ・ボルグの槍を手に、意気揚々と砦に帰っ ていった。
 彼は世界でも有名な戦士で、数多の武勲詩にその名を歌われていた。魔の槍を手に、ある いは両手持ちの大剣を手に、熊をも一撃でほふるほどの力の持ち主。
 が。
 その彼にも苦手なものがあった。
「ひぃーっくしょい!!」
 まだ動きたりないというのか、剣を手にして砦の中庭に姿をあらわしたホリンを、くしゃみ のあらしが襲う。
「へっ……へぶしっ! ……っしょーい!!」
「にゃ〜」
「よ……よるな! くるな! ……ひーぃっくしょ! あっちへいけ!!」
 入り込んできた野良猫を、手下が慌てて砦の外へつまみ出す。
 そう、ホリンは……猫アレルギーであった。


 むすぅっ。
 地元では名の知れた戦士でも、ちょっと離れたところではただの戦士と思われる。
 いや、名前は知られているのだが、会ったことがないのだから顔と名前が一致しないのは 仕方ない。
 その辺りでは、ホリンは有名な逆毛親父だった。
 領地的には赤枝の領地なのだが、こんな片田舎で頭目の顔を知っている人間はいない。
 荒涼としたコノートの地は貧しく、領民は少しでもマシな土地を求めてせっせと開墾を続 けている。
 開拓村の町並みは質素で、木材と大地の赤茶けた埃っぽさが全体の雰囲気をより殺伐とさせ ていた。
 赤枝の目もほとんど届かないここでは、民は自分達で身を守らなければならない。
 そのためか皆、気が荒く、腕力ざたは日常茶飯事。モンスターからの自衛のために老いも 若きも男性は腕っ節が強く、ちょっとした剣術や格闘の道場もある。
 その道場の一つ……。
 稽古にきていた者が皆、床にのびている。
 (……ったくよ、これくらいでのびンな!)
 不機嫌そうなホリンににらまれ、新参者がそそくさと逃げていく。
 そう、道場破り。
 ホリンはたまに領地の辺境まで足を延ばし、様子を見つつ…こんなことをやっていた。おか げで巷では、『道場破り』『闘技場荒らし』として有名になっている。
「もうちっと腕の立つヤツぁいないのか? ああ?」
「うう……」
 まったく、ゲイボルグの槍を使わず、普通の剣(グレートソード)で勝負しても この程度だ。
 ……相手が悪すぎる、というところだろう。
 道場主すら一瞬でのめし、ホリンは道場の看板板を真っ二つにすると……腹拵えに村の中心へ と去っていった。


 田舎の村の、小さな酒場。
 まだ真っ昼間だが、客は生温い地ビールですっかり出来上がっていた。
 もともと気性の荒いこの地の男どもに酒が入れば、荒れない方が珍しい。
「ンらとぉ、こるぁア〜!?」
「らあ〜? やぉ〜ってぇ〜んのくぁ〜!?」
 呂律よりもしっかり酒が回っている。
 揚げたソーセージの串をくわえているホリンのすぐ横を、木の皿やフォークが飛び交っている。
「おい親父、こいつら、毎日こうなのか?」
「おうよ」
 ホリンは歯をしーしーやりながら酒場のマスターにきいてみた。
「夜なんかもっとすげえですぜ、旦那」
「ふーん……」
 酒場の乱闘なんてばかげている。
 見物を決め込んでいたホリンだが……。
 ごがっ!
「あぐあっ!?」
 飛んで来た皿が後頭部を直撃する。
「……っメェら、何しやがンだ!?」
 あえなく参戦、酒場は修羅場と化した。
 給仕娘などとっくに姿を消している。マスターもカウンターから出ると、どさくさに紛れて 食い逃げしようとする客を、片っ端から盆で殴っていく。
 他の客の皿まで食らう者、空のビール瓶片手にはやし立てる者、ちゃっかり賭けを始める者……。
 酒場の全員を巻き込んで繰り広げられる乱闘。
 青アザを作った数人は、あっさり逃げに入ると酒場の外へ飛び出していく。開けっ放しの 扉から外の冷たい空気が入るが、その程度ではこの熱気は冷めないだろう。
「やら〜あったな、このさはげおやじ〜!!」
「黙れっちっとるんだー!!」
 先程までホリンの座っていた席に、おきっ放しの剣が情けなさそうに立て掛けられている。
素手の乱闘に、出番はなさそうだ。
 酔っ払いの投げ付ける皿は狙いも何もなく、周りのやじ馬を直撃、キレたやじ馬まで参戦 して乱闘はさらに荒れていく。
 偶然、村へ立ち寄った旅人は、酒場の入り口で唖然と突っ立っている。

 がごっ!

「きゅ〜……」
 その不運な旅人の顔を空のグラスが直撃、ノックダウンさせた。
「おらおらおら〜ッッ!!」
「うらー!」
「ほえれもふらえ〜!」
 昼間から、夜中並みに荒れる酒場。
「……これでは昼飯どころではないな。どうする?」
「………………」
 目を回している旅人の連れが相棒に尋ねても、当たり前だが返事はない。
「チッ……」
 むさい男どもが殴り合い、皿や椅子が飛び交う。
 目を回している旅人をひっつかむと、その旅人は足下でうめいている酔っ払いに尋ねてみた。
「おい、この辺りに他に飯が食えるところはないのか?」
「うう……あったらとっくに別の場所でメシにしてらぁ」
「………………」
 ここしか飯屋はないらしい。
 仕方なく二人連れは……一人は引きずられたまま……酒場に入ると、隅で適当に何かマスター に注文した。
 が、そのテーブルにも空の汚れた皿が飛んでいく。
 べきっ!

「あきゃ〜!」
 のびていた旅人をまたも直撃。
「……よく当たるな、お前」
「はら〜……」
 目から星、頭からはヒヨコがぴよぴよ。
「おい、ラヴェル」
 そう、その旅人は……ラヴェルとレヴィンだった。
「うーうー。……はっ、な、なに??」

 ごんっ!

 ラヴェルがよけるまもなく……今度はビール瓶が。
「……伏せろ、と言おうとしたんだが」
「あう……。もーちょっと早くいってもらえるとありがたいんだけど……」
 目に涙を浮かべ、ラヴェルはそれでも食事にしようと自分の皿に手を伸ばす。
 そこへ……。

 びしゃっ。

 飛んで来た食い残し付きの小皿がラヴェルの皿に飛び込む。
「あー……僕のシチュー……」
 せっかく奮発したご馳走が……。
 がっくり肩を落とすラヴェルの背後では、ますますエスカレートした乱闘。
「うらあっ!」
「はむげっ!?」
 拳がヒットするたび、やじ馬から口笛や喚声が上がる。
 熱いそれらを冷たい目で眺めながら、レヴィンは鳥肉のスープを口に運んだ。
 荒れる人間の群れの向こうで、見覚えのある鳥頭が揺れている。
「おらおらおら! どうした! かかってこいやー!」
「…やれやれ、うるさい雄鳥だ」
 他人事を決め込み、食事を進めるラヴェルとレヴィン。
 が。
 またも……。

 こがーん!

「ああ……もうヤダよう……」
 三度ノックダウンするラヴェル。
 ラヴェルに当たったカップはその弾みで軌道を変え、パンを持っていたレヴィンの手を 直撃した。
「………………」
 赤い目がカップの飛んで来た方角をしれっと確認する。
 レヴィンは手にしていたパンを口に運ぶと、テーブルの上に転がったカップを手に取った。
その手首が返る。

 ガッ!

「……返すぞ」
 男に投げ返されたカップは、見事に相手の額を割った。
「な……あにしやがんでぃ!?」
「……返しただけだ。気にするな」
 いきりたつ男の前でレヴィンは平然と食事を続けた。パンとスープを片付ける。
 ふむっ!
 鼻息も荒く、相手はレヴィンの近くまで寄ってくると、拳を振り上げた。

 ごがっ!

「○×△□!?」
 テーブルを殴った男と、テーブルに突っ伏していたラヴェルの両方が声にならない悲鳴を 上げた。あっさりとよけたレヴィンは、いつもの素朴な五弦琴をはじき始めた。
「こ……っんのやろう〜!!」
 馬鹿にされているとでも思ったのだろう。
 額からダクダクと血を流したその男は完全にぶちキレたらしく、レヴィンの襟首を掴むと 性懲りもなく拳を振り上げ……。
 バキッ!
 次の瞬間には頭を抱えて床に転がった。
 その音に目を覚ましたラヴェルの目には……痛みのため、うっすらと涙。
「ああ、やっぱり……」
 たんこぶをさすりながら、ラヴェルはレヴィンが握っているものに目をやった。
 どう見ても、レヴィンの竪琴は武器に見える形をしている。
 頭を殴って少し調節が狂ったのか、レヴィンは竪琴の弦の張り具合を調べ始めた。
 マイペースなのか、わざとやっているのか。恐らく後者だろうが……。
 ある意味、挑発。
 向こうではホリンが暴れ、こちらではもう一つ乱闘が始まりそうな予感。
 こそこそと、ラヴェルはテーブルの下へ潜り始めた。痛む頭をさすりながら十字を切る。
 それとは逆に、ゆでダコのように真っ赤になったさっきの男は床から立ち上がった。怒り が湯気となって立ち上ぼっている。
「こ・の・やろう〜っ!!」
 助走までつけて迫りくる相手をレヴィンはチラッと横目で引っ掛けると、ヒョイと足を ずらした。見事に掛かった相手はその場で床に倒れこむ。
 酒が入っていると限界がわからなくなるらしい。
 ガバッと起き上がった男は、割れた瓶を手に、レヴィンに向かって振り上げるた。
 でも、やはり。
 気配を感じてラヴェルは耳に指を突っ込んだ。

「ブラスト・フレア」

 爆発系のバーストフレアの変形、衝撃波と風で相手をやじ馬もろとも吹き飛ばす。

 どんがらがら、ごすっ!

 吹き飛んだ相手は……こともあろうに、向こうで乱闘していた一団の中へ突っ込んだ。
「何だ、テメーはっ!」
「やりやがったな!」
「おう、いいどきょーしてんじゃねーの!」
 向こうの一団に袋にされる。
 ほとんどリンチとなっているそれには加わらずに、他を片付けてあとは無傷で眺めていたホリンは視線を動かし……。
「………………」
 太い眉をひきつらせる。
 視線の先にはいつぞやのイカれたチンピラと、テーブルの下に縮こまっている駆け出し詩人。
 豪傑たる自分を簡単にのした相手を発見したホリンの殺気立つ視線にレヴィンも気づいたようだ。
 殺気混じりの鋭い視線を飛ばしあう二人。
 そこへ……乱闘の始めに逃げ出した、もういくらか酔いの冷めた酔っ払いが助っ人をつれて 戻ってきた。
 が。
「……っ! お前はっ!?」
 助っ人の口から呻き声が漏れた。助っ人は……ホリンにのめされた道場主。
 道場主は酒場内に視線を泳がせた。
「うむっ……ううむ……」
 のびているごろつきども、やじ馬、ホリン、青ずくめ。
 道場主はそれらを見渡すと……ホリンを指差した。
「……誰かこいつを倒してくれないか?」
「なんスか師匠、そりゃ!」
 道場主をつれてきた酔っ払いが嘆くが……まあ……嘆きたいだろう。
「……倒すと何かあるのか?」
「……お前、勝つ気でいるな?」
 レヴィンとホリンが更ににらみ合う。
 道場主は冷や汗を流しながらしばらく考え込んでいたが、やがてぽんと手を打った。
「よ……よし、こうしよう。その逆毛と、誰か相手をするヤツの勝負で賭けをしよう。掛け 金は勝負に勝ったヤツと、そいつに賭けたヤツにやる。どうだ?」
「……で、誰がオレ様の相手をするんだ?」
 とか何とかいいながらも、ホリンはレヴィンに向かってファイティングポーズを取ってい る。以前のリベンジと行きたいのだろう。
「やれやれ……俺と戦いたいらしいな」
 酒場の熱気を凍らせるような冷たい殺気に、レヴィンの周りにいたヤジ馬達が、そそくさ と離れていく。
「いいだろう、やってやろうじゃないか」
「おうよ!」
 手にペッと唾を吐き掛け、ホリンは忘れ去られたようにおいてあったグレートソードに手 を掛け……周りのやじ馬達に止められた。
「やめとけ」
「おう、男は素手で戦え!」
「やれやれー!」
 剣はあきらめ、その代わりに拳に力を込めてバキバキいわせるホリンの周りで、やじ馬達 の間を帽子が二つ回されていく。次々に投げ入れられる賭け金。
「おら、おめーも入れろ」
「えっ!」
 完全に見物に徹していたラヴェルの前にも、二つの帽子がずいっと差し出された。
「えっえっ……ええと……」
 ホリンが『俺に入れろ!』とジェスチャーをしている。
「うーん……」
 素手で勝負するらしい。
 レヴィンも格闘はかなり強い。
(でもなあ……)
 ラヴェルは困った顔をすると……銅貨を一枚、片方の帽子に入れた。
「じゃあ……ちょ〜っとばかり期待を込めて」
「……何の期待だ?」
 レヴィンが冷たい目でこっちを見る。
「え? えーと……何でもないよ!」
 レヴィンにはいつもひどい目に遭っているラヴェルは……ホリンの勝ちに一枚いれた。
 何を期待したかは……ヒミツだ。ばれたらきっと半殺しだろう。
 帽子が一周し、店のマスターを審判に二人は向かい合った。準備運動なのか待ちきれない のかシャドウボクシングをするホリンに合わせ、レヴィンも格闘の構えを取った。
 体格も腕力も、戦いを専門とするホリンが上回っているのは一目で分かる。
「よーし、………ファイト!」
 ダムッ!
 床が重い悲鳴を上げる。
「でりゃあぁぁぁぁっ!」
 雄たけびも勇ましく、ホリンが床を蹴った。拳がうなる。
 直撃を食らったら、熊すらも即死するほどのものだ。
 圧倒的なパワーにスピードが加わり、拳は重力的な重みすら持って襲いかかる!
 それを受け止めようというのか、無謀にもレヴィンは手を体の前に突き出した。
 そのまま……。
「……バーストフレア」

 どがあああああっ!

 そう、武器を手にしていない以上、素手は素手だ。
 ……勝負は、ホリンが炎に突っ込んだことであっけなく終わった。


「うるあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 凄まじいまでの掛け声、もとい、絶叫に近い雄たけびが空気を震わせる。
 ザッ……ガガガガガッ!!
「ゼェ、ハァ……」
 ホリンが肩で息をしている。
 周りにはミンチになったボーグルの群れ。
 更に……。

「うおりゃぁぁぁぁぁっ!!!」

 ゲイボルグなんぞ使わなくても殲滅できるゴブリンどもがバタバタと倒れていく。

「だありゃぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 ほとんどバーサーカーと化している頭目の後ろで、他の戦士が顔を見合わせている。
「……お頭は何か嫌なことでもあったのか?」
「知るか、そんなこと」
「取りあえず、気が済むまで放っておこう」
「……そーだな」
 その辺りを支配する土着の戦士団・赤枝。
 その頭目の猛犬ことク・ホリンは世界でも有名な戦士で、数多の武勲詩にその名を歌われ ている。魔の槍を手に、あるいは両手持ちの大剣を手に、熊をも一撃でほふるほどの力の 持ち主。
 が。
 その彼にも苦手なものがあった。
 それは――。

 コノートの北の町。もうここはミーズ地方との境になる。
「あう……今夜の宿代が足らないよ。野宿だけどいい?」
「……お前がどこぞの馬鹿に賭けたりするからだ」
 乱闘後の勝負で得た賭け金は、酒場の修理代に払ってしまった。
「まあ、野宿したいのならすればいい。俺は一人で向こうの宿にでも……」
「そりゃないよ〜!!」
「じゃあ夜までに歌って稼げ」
 そういうと……レヴィンは薄情にもラヴェルをその場に残し、近くの宿屋へ入っていった。


「どおりゃあーーーーっ!」

 のどかな昼過ぎ……ただしホリンの周り以外。
 珍しいまでに燦々と照るコノートの太陽をあびながら、赤枝の戦士達は水袋に仕込んだワインを飲み つつ、最狂の戦士、ク・ホリンの『戦果』を眺め続けていた。

‐完‐

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