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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第∞話:まっどはろうぃん

 全ての聖人に奉げる日、万聖節。ディアスポラで諸聖人の祭日とされるこの日は、大陸 の他の地域では万霊節といわれ、ケルティアではサウィン、つまり十一月一日の前夜に 祝う。
 人間にとっては辛い冬の始まりであり、妖精達にとっては長い夜の始まりとも言われる。
 大陸の文化圏に所属するここシレジアではこの日がお盆の中日であり、夜になればあち こちでかがり火がたかれ、ミサが行われる。
 子供達にとっては新年と並んで年に二回、特別にお菓子やお小遣いがもらえる日であり、 服や家具を新しく降ろせる日でもある。
「はいはい、運んで運んで!」
 シレジアの王女マリアは、小さな布の袋に詰めたお菓子を箱にどっさりと入れ、従者に 命じて城門前まで運ばせた。
 今夜は城下町の子供達へ、ささやかながらも城からプレゼントがある。
 それが今のお菓子の袋だった。門の前に子供達が目を輝かせて集まっている。
 街の向こうからは鐘が鳴り響き、はっきりとは聞こえないものの、町のざわめきがこの 城までかすかに伝わってきた。
 やがて袋が配られると、子供達は歓声を上げて夜の町へ駆けて行く。
 それを満足そうに眺めると、自分も子供のうちに入るマリアは、自分の分のお菓子を しっかりとキープして城の中に戻った。
 玄関ホールの一つ奥の部屋では、城の騎士や貴族の幼い子弟達に吟遊詩人が何か歌って きかせている。
 王宮の詩人達は多くがトルヴァドールやミンネジンガーで、今歌っているのはそのトル ヴァドールのようだった。
 マリアはしばらくそれに耳を傾けていたが、しばらくたつとふと何か思い出したように 城のキッチンへ足を向けた。
 バターの香りが辺りに満ちている。
 見れば兄王子……クレイルがパイ生地をこねている所だった。
 この王子の趣味は料理で、普通に作る分にはかなり美味しく作ってくれるのだが、何か 特別に手を掛け愛情を掛けして作った料理は…何故か殺人料理に変貌する。
 マリアはあらかじめパイの材料だけを用意し、キッチンからそれ以外の食材は全て取り 除いておいたので、今のところパイ生地は怪しいモノには変化していないようだ。
「ちゃんと夜中までには焼き上げておいてよね。兄さまトロイんだから」
「はいはい」
 御機嫌でパイ生地をこねているクレイルにとりあえずほっと一安心すると、マリアは 自分の部屋に戻った。


 ぽこぽこ。
 叩くと良い音がする。
 ラヴェルは町のいたるところにおいてあるカボチャのちょうちんを叩いてみた。
 中が空洞のため、音が良く響く。
「それにしても何でハロウィンの御馳走はカボチャなのかな?」
「さあな」
 子供のようにはしゃぐラヴェルの横で、レヴィンはいつものとおり冷めている。
 が、さすがにさあなの一言だけでは味気ないと思ったか、付け足した。
「もうすぐ冬になる。寒く、暗く、食べ物も乏しくなる。本来カボチャは南の作物で、 温かい季節に実ができるものだ。今食べられるカボチャは季節的に最後の実だろう。食い 物が乏しくなる冬に備えて、別にハロウィンに限らないが、今のうちに栄養を蓄えておく という意味はあるらしいな」
「へぇ〜」
 オレンジ色のカボチャは半分に割ったあと綺麗にくりぬかれ、中身はパイやプティング、 或いはスープなどに化け、皮は目鼻や口を刻まれてこっけいなちょうちんになっている。
 ろうそくをいれ、目や鼻を光らせるその姿はある意味怖いのかもしれないが、子供なら まだしも、大人にはこっけいにしか見えない。
「でもなんでカボチャのちょうちんなのかな?わざわざカボチャで作らなくても、いろ んなちょうちんがあるのにね」
「どこでどう繋がったかは知らんが」
 城へ帰ろうと足を向けながら、レヴィンは面白くもなさそうに説明をはじめた。
「ジャック・オー・ランタン、つまりジャックのちょうちん、だな。昔、生前に何も 良いことをしなかったので天国に逝けず、かといって悪いこともしなかったので地獄にも 逝けなかったジャックが、行き場……つまりあの世に行けずにかぼちゃでできたランタンを 手に、あちこちをさまよっていた……なんて話があるらしいぞ」
「……へぇ」
「それが肝心のジャックが忘れられてカボチャだけが一人歩きしているみたいだが」
「へー」
 確かに、辺りを見ればカボチャのちょうちんは沢山作られているが、それを持っている 者まではほとんど作られていない。
「……へぇしか言えんのか、お前は」
「あ、いや……」
 二人が王城に戻ると、丁度マリアが自分の部屋から降りてきた所だった。
「あらレヴィンさんお帰りなさい。……あ、ついでにラヴェルさんも」
「ついでって……。そういえば王子は?」
「兄さまならキッチンでパイ生地を作っていますわ。そろそろ中身の材料が届くはず ですけど……」
 レヴィンのオマケ扱いされたラヴェルだが、気を取り直すとマリアと一緒にキッチンへ 足を向けた。
 城に仕える者達の食事分は、料理人たちが大キッチンで忙しく料理を作っているが、 王家の者達が趣味やちょっとした用で自身で使うプライベートのキッチンは小さい。
 見まわすと、僅かに粉の飛ぶキッチンに、大きなカボチャが幾つか運び込まれていた。
 そのうち二つはすでにクレイルが皮をむき、実を鍋に入れて甘く煮始めていた。
「やぁラヴェル、少し手伝ってくれるかなぁ?」
「いいですよ」
 うなずくラヴェルの横で、マリアが安心したようにほっと息をついた。
「ラヴェルさんが見張ってくださるなら、兄さまもヘンなものは作れないですよね」
 キッチン内には、小麦粉、バター、ミルク、砂糖、蜂蜜、卵と塩、かぼちゃといった 食材だけが目に付く。これではおかしなモノは作れないはずだ。
「じゃ、兄さまとラヴェルさんでパイを作ってる間、私達はお茶にしましょう」
 マリアに招かれるようにしてキッチンを出ていこうとするレヴィンに、ラヴェルは 半分恨めしげに声をかけた。
「……レヴィンは手伝ってくれないの?」
「俺がパイなんか作ると思うか?」
「……そーだね」
 作れないのか作る気がないのかはわからないが、とりあえず手伝ってくれないことに かわりはないらしい。
「とにかく兄さま、ヘンなモノだけは作らないでね」
「はいな」
 念を押すとマリアはレヴィンと出ていった。
 ラヴェルは袖をまくると包丁をとり、残った最後の一つのカボチャに入れようとした。
 ……が。
「あれ?」
 すでに刃が入れられていたようだ。
 見れば目鼻や口がくりぬかれ、光っている。どうやらこれは食材用ではなく、すでに ちょうちんにされたものであるようだ。
「王子、このちょうちんはどこに置くんですか?何なら運びますけど」
「ちょうちん?」
 鍋から振り向きもせず、クレイルは気楽そうに答えた。
「ちょうちんなんか作ってないけど?」
「え? でも目とかくりぬいてあ……」
 ラヴェルはしげしげと手元のカボチャを見……。
 ……カボチャの口の両端がにたぁっとつりあがった。

 ………………。

 ぼとっ。

「ぎよえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 包丁を取り落とすと、ラヴェルは凄まじい悲鳴を上げながら後ずさった。
「お、お、お、王子っ! お化けが! ち、ちょうちんがカボチャになって!」
 何やら意味不明な事を口から泡と一緒に飛ばすラヴェルに、クレイルはやっと振り 返った。
「カボチャがどうかしたかい?」
「見てください! カボチャが! 本物のお化けに〜!!」
 ラヴェルに泣きつかれ、クレイルはテーブルのカボチャに近づくとそれを手にとって 確かめた。
 が。
「何ともなってないよ?見間違えたんじゃない?」
「そんなはずは……」
 落ちついて見れば、普通のカボチャだった。目も鼻も口もない。
「うーん……町で一杯カボチャ見たせいかな……」
 ラヴェルは目元をこすり、もう一度カボチャを良く見た。
 じー〜〜…。
 見つめること数秒。
 突然、カボチャの表面に目鼻が浮かび上がった。
 それが笑い声を上げる
「ケケケ」

 ………………。

「うぎゃああああああああ!!!」
 断末魔よりも凄惨な叫び声を上げ、ラヴェルは腰を抜かした。
「もー、ラヴェルってば何を……」
 鍋をかき混ぜていた大さじを手にしたまま、何事かとクレイルは振り向き…。
 それと目がばっちり合った。

 ………………。

「ふわにゃああああああっ!?」
 情けない叫び声を上げる。
「れぇっつだんすぃんぐ〜」
 硬直したクレイルの前で、そのカボチャのお化けは空中に浮かび上がると踊るように ふわふわと揺れ動いた。
 そこへ……。
「何事っ!?」
 先ほどの悲鳴を聞きつけたのだろう、慌ててマリアが戻ってきた。
 キッチンへ駆け込んだマリアは目に入った風景に思わず凍りついた。
「い……いゃああああああああっ!?」
 クレイルの顔の前でカボチャのお化けがこちらをむいて笑っている。
「に、兄さま……」
 ふら、と絶望でもするかのように倒れ掛かったマリアだが、気丈にも首を一つ振った 後にはしっかりと体勢を整え…天を仰ぐように手を広げ、また祈るように組むと、さも 悲痛そうに叫んだ。
「とんだカボチャ頭だとは思ってたけど……まさか 本当にカボチャ頭だったなんて!」
「ちっが〜〜う!!」
 クレイルの必死の声は届かなかったようだ。
 酷い勘違いをすると、マリアは手近にあったフライ返しを手に取って身構えた。
「来なさいカボチャ頭!このマリア・エメロード・フォン・ウェーバーが成敗して あげますわっ!」
「成敗って……という前に〜僕はカボチャ頭じゃないって!顔の前にこれが貼りついて いるだけだって……うわー!」
「問答無用っ。たぁ!」
 可愛らしい掛け声と共にマリアは力いっぱいフライ返しを振り下ろした。
「うふふ、日頃のうっぷん……じゃなかった、モンスター覚悟っ! 兄さまのフリをして このシレジア城に紛れ込むなんて笑止千万! 食らいやがりなさいっ!」
「いたたっ! あたっ! 痛いっ、いたたたた!」
 ……彼女がすごく楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?
 ぱこぱこと殴り続けるマリアのフライ返しを避けようとクレイルは身をかがめたが、 空中に浮いているカボチャのお化けは叩かれるたびに下に落ちるので、結局それよりも 高い位置に頭のあるクレイルにも……当たる。
「ていっ! ていっ! ていっ!」
 可愛らしい勇者さまの善戦が続く中、気配も足音もしないが、最悪の……援軍というより も地獄の使者が駆け寄ってきたのをラヴェルは敏感に感じ取った。
 とっさにテーブルの下にもぐり込む。
「どけ!」
 抑えながらも良く通る声がキッチンに流れ込んだ。
 次の瞬間にはキッチン内が赤々と照らし出されている。
「流れ揺らめけ……熱く赤き陽炎よ……グリューエン!」
「ふげっ!?」
 問答無用、確かめる手間すら省き、レヴィンは手加減一切なしで炎を放った。
 カボチャが情けない声を上げる。
 魔法の直撃を受け、それはあえなく炭と化したものの……それが漂っていた位置が位置 だけに、クレイルも顔面を黒々と煤けさせていた……。

「……これ、食べるんですか?」
 クレイルの自室。
 普通のカボチャでできていると分かっていても…誰も手がでない。
 目の前には狐色のパンプキンパイと、プティング。
「う〜ん……」
 結局、シレジア城にはその後幾日か、手付かずのカボチャ料理が大量のカボチャと
共に、腐るまで保存されていた……。

‐完‐

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