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Lunatic Side 〜Past〜

第∞話:Last Snow

 第2西暦(セカンドA.D)2037年12月31日。
 セントラル・スクウェアは恐ろしいほどの人込みにあふれ返っていた。いつもは車が昼 も夜もなく走り続けるこの大通りは歩行者天国となり、正面の巨大な電子看板をスクリーン に、その中央に時計を、その周りに今年一年の映像を写し出している。
 今日だけは夜更かしを許された子供たち、幸せそうなカップル、仲のよい友人同士、この 時のためだけにやってきた観光客……。
 街の至る所で音楽がかかり、手拍子を打ちながら若者が踊っている。それを囲んで見て いる者も体を揺らし、中には一緒に踊りだす者もいる。
 ナノもその中にいた。久々の憂さ晴らし、Tシャツの上にカジュアルシャツを着、上に ジップアップの軽いスーツジャケットを羽織っている。
「Every One、Countdown Please! Start!!」
 喚声が上がる。みんなの秒数を数える声がクレメントにこだまする。
「10……9……8……7……!!」
 両手を突き上げ、スクリーンを見上げながら、年が明けるのを、新しい年がやってくる のを待つ。
「3……2……1……!」
 地が揺れるほどの大歓声が上がる。
「0……! A Happy New Year!!」
 空を震わせ、夜空に花火があがる。この瞬間を撮ろうと幾つものフラッシュがたかれ、 喚声や拍手にシャッターをきる音が混じる。バルーンや紙吹雪が舞い、鋭い口笛が響き渡る。
 クレメントの夜景をバックに、あまたの高層ビルがそれぞれ趣向を凝らしたウィンドゥ・ イルミネーションをつける。年号やハッピーニューイヤーなどオーソドックスなものもあれ ば、高層階から順に明かりが降りてきたり、様々な模様が点滅したりするものもある。
 今日のためにスターで組まれたユニットが特設ステージに上がり、歌い踊る。その歌も 喚声にのまれ、ほとんど聞こえない。
 あまりの熱気にうっすらと汗を浮かべ、ナノは使用済みのクラッカーをあふれ返るごみ 箱に投げ入れる。
 人込みをかき分け、可愛い女の子には口笛とウィンクをプレゼントしながらバイクに戻っ た。他にも仲間が七人ほど集まっている。彼らもカウントを終え、人込みの中からバイクへ 戻ってきた。
「よっしゃ、行こうぜ!」
 エンジンを全開にし、人のいない裏道から内環道へ入る。正月暴走を行う暴走族達と間違 われないよう、空ぶかしも危険走行も一切なし。純粋に風を切ることだけを楽しめばいい。
 彼……ナノはGDISとよばれる捜査機構の新入社員で、現在は新人研修のために研修所で 研修生暮らし。バイクチェイサーを目指し、先日、自動二輪の上級ライセンスを何とか取った ところだ。まだ研修生なので現場には出たことはないが、じきに卒業、配属させられるだろう。
 夜景や花火をすぐ頭上にブリッジを渡り、光り輝くビル群の周りを回るように走り続ける。
空には中継を行うヘリが飛び交い、川には街の喧騒を離れてこの時間を楽しむ人達が船の上 で談笑などしながらワインを傾けている。
 それらを眺めながら軽く一走りすると、また街に戻る。解散し、思い思いに散っていく。
と同時に、どこからか響くバイクや車の音、それを追うパトカーの音。
「おお、やってるやってる」
 正月暴走だろう。走ることを楽しむのではなく、自分に酔って迷惑走行をする連中。ナノに はちょっと理解できない。
 もっとも、実際はナノのチェイサーを目指す割には下手くそな運転のほうがよっぽど 危険だろうが。
 街の喧騒は落ち着くことを知らず、店や広場に入りきらない人々がストリート上で踊って いる。絶えることのない音楽と喚声。
 ナノは人込みの街に紛れると、ファーストフード店で軽く空腹を満たす。いつもの夜は こんなに客はいないが今日は特別、アルバイト総動員でバーガーを包み、フライを揚げている。
 それらをぱくつきながら視線を店の外、ストリートを行く人の波に向ける。
「んーと、アリャいまいちだな」
 スラッとした美人系の若い女性。
「これはガキ過ぎるし……」
 いかにも女子高生な少女達。
 そう、なんということはない。軽くお茶を飲んで楽しくおしゃべりできそうな女の子を見 繕っているのだ。
「ん?」
 見知った顔が通り過ぎていく。
「ありゃ、帰らなかったんか?」
 他に獲物は見つからず、このままだと一人で暇を潰さなければならなそうなので、慌てて あとを追う。
 GDISの研修所の友人……というか、同期の研修生がガラスの向こうを歩いていた。研修 所ではグループが別なのだが、どういうわけかこの二人は一セットだと思われてしまっている。
 その相手は、確か年末は祖母の家でコタツとかいう暖房機具に当たりながら、TVの歌 番組を見てソバとかいうヌードルを食べて年を越すとかいっていたはずだ。
「よう!」
「あ、こんばんわ」
 同じ研修所の事務研修生。見た目はラブリーなのだがナノと同じくスピーカーで、いつも 何かしら絶え間なくおしゃべりをしている。
「今、ひとり?」
「そーです。ナノさんも一人ですかー?」
「そ。これっていう女の子がいなくってさ」
「そうですねー。カッコいい男性もいないんですよー」
「ここにいるじゃん」
「それは自信過剰ですー!」
 ナノは頭をかくとあらためて相手を見た。
 小柄な体系。丸い目。短くカットした髪はおシャレにも軽いシェルピンクに染められている。
 (まあ、こんなところで我慢しておくか)
 相手も丸い目でナノにチェックをかけている。
 男性にしては小柄だが身軽だ。服装もまあまあ、話は面白いし、そこそこおシャレで髪は ラベンダーグレーに染めて逆立てている。
 (お金はいつもどおり持ってそうにないけど……この時間じゃ買い物はできないし。お茶 くらいで我慢のしどころよね)
 彼女はコクコクうなずくと、ぴっと指を立てた。
「私でよければ、お茶くらいなら相手しますよー?」
「ほんと? いやあ、よかった。何せ暇でさ」
 ナノはその見た目だけなら可愛い彼女……アヤノを連れてまた人込みの中を歩きだす。性格は ともかく、連れて歩くにはもってこいの外見の相手をそれぞれゲットして、まあまあご機嫌 にクレメントの年明けを楽しむことにした。


 一方、本業のGDIS捜査員のディネンは、同期の同僚で相棒……書類上は上司……である、 シリスの家で年を越した。特にすることもなく、TVと雑誌を見ながらシリスの作った料理 で夕食にする。
 湯気の立つスープ皿からスプーンを口元に近付け……ふと止める。
「……このスープの鳥肉、クリスマスの残りか?」
「そうだよ。全部フライにしてもよかったんだけど、残して凍結しておいたんだ」
 同じ自炊生活をしていても、ディネンとシリスでは作るものが全然違う。
 五分で作れるような、手軽で、栄養もカロリーもないようなものばかり作るディネンに 対し、シリスは時間を掛けてコトコト煮込むようなものばかり作る。彼は妹の料理も作ら なければならないのでそうなのかもしれないが。
 サラダとピラフ、食後にはコーヒーを飲む。どうせすぐ眠りはしないのだから構わない。
 住宅地のここにも花火の音は数秒遅れて聞こえてくる。
「ディネン、街の様子、見に行かないかい?」
「混んでるのをわざわざか?」
 シリスは自分では騒がないが、周りがお祭り騒ぎをしているのをすぐそばで見るのは好き らしい。食事の後片付けをしながらも、うずうずしているのが分かる。
「仕方のない奴だな。車は出してやる……その代わり、何かおごれ」
「何だよ、散々飲み食いしておきながら」
 とか何とかいいながらも、嬉々として助手席に乗り込んでくる。
 ディネンはもう数年前から一人暮らしをしていたが、シリスと知り合ってからは、気が 付けばいつの間にかシリスの家に上がり込んでいることが多くなった。そのおかげで栄養 失調にならずに済んでいる感もある。
 ディネンはサンクレメンテ川に沿って車を走らせた。川面にはビルの夜景が映り、建ち 並ぶ高層ビルと町並みの上には花火が華を咲かせる。その更に上には……街が明るくて見え にくいが、冬の星座が瞬いている。
 ブリッジを渡り、他の大通りよりは混雑のマシな通りを通って賑やかな街の雰囲気を楽 しむ。窓を開ければ冷たい空気とともに、音楽や喚声が車内に入り込んでくる。
 そのまま内環道に乗り、市街から少し離れる。ウォーターフロントのブリッジのすぐ脇、 パークハーバーに車を止め、遠くの夜景と花火を見ながらスタンドで飲み物を買う。寒い にもかかわらず、オープンカフェには他にも客がいる。
「ほら、約束通り、おごるよ」
「いいのか?」
「ああ、帰りは私が運転するよ」
 シリスは紅茶を、ディネンは一杯のウィスキーを手に、人の少ない、川の上に張り出し たウッドデッキの上で遠くを眺める。
「ここ、あいてるよ?」
「いや、ここでいい」
「そう。でも落ちないでくれよ」
 木の椅子にシリスは腰掛け、ディネンは手摺に腰を掛ける。水の音、たまに通るボート の音、少し離れたブリッジを走る車の音、遅れてくる花火の音。
「さて、と。帰りはどうやって帰ろうか?」
「お前の運転だからな。道は任せる」
 ガソリンはまだ入れたばかり、行こうと思えば湾岸まで往復できる。
「街、上から見ようよ。内環を一回りして帰ろう」
「好きにしてくれ」
 だいぶ前にかなりの数のサイレンの音を聞いたが、すでに静かになっている。正月暴走も 一区切り付いたようだ。今ごろ本部でかなりの数の暴走族が調書を取られ、説教されている ことだろう。
 ディネンの車はシリスの運転で内環道に向けて走り出した。ランプウェイを回り、家々 よりも高い位置からクレメントの流れ行く夜景を眺める。
 花火は消え、その代わりに色の付いたサーチライトがリズミカルに夜空を照らしだす。
「家の近くまで戻ったら何か買って帰ろうか」
「そうだな……たまには明け方まで飲むか」
「いいね」
 内環を一周し、次の出口で降りようと車線を変えると……後ろから何かくる。
「なぁディネン……何だか後ろの車、変じゃないか?」
「ああ、追われているな、あの走り方は。どうせスピード違反か何かだろう」
 数台後方に、煽るようにぎりぎりまで前の車と車間をつめては左右に蛇行する車。
『どけ』か、『早く行け』の合図。
 高速で追われると、下手をすると出口をすべてふさがれて閉じ込められることがある。
 次の出口で降りるつもりらしく、その車は他の後続車を抜いてあっという間に近付いてきた。
 いくら休暇中といえど、二人ともGDIS、放っておくことはできない。といっても やはり休暇中なので、出て行って処理する必要もない。
「おいシリス、この出口で出られないよう、少し邪魔してやれ」
「……そうだね」
 同じ車線を走っていた後続車は、二人の車を追い抜こうと車線を変更し、前へ出るが、 そのタイミングでシリスはアクセルを踏み込み、前に入れないようにする。その車が後ろ へ入ろうとすればスピードを落とす。
 ラジオを入れると、交通情報は内環道のすべての出口や分岐点の封鎖を告げている。
「我々も出られないということだ。しばらく後ろの奴に付き合ってやるか」
 スピード違反くらいでは道路を封鎖してまでつかまえようとはしない。となると、何か 事件絡みか。
 後ろの車がイライラしているのが分かる。
「……そのうち事故るね」
「巻き込まれんでくれよ。俺の車なんだからな」
「大丈夫」
 後方にパトカーの一団が姿を表す。うるさいほどのサイレンの音。
「……警察か」
 色と模様でそれは警察所属のパトカーだと分かる。確かにちょっとしたチェイスでは彼ら は優れている。
「奴等じゃ手に負えないんじゃないか?」
「どうかなー」
 出口を閉められ、出られなくなったダンプなどが仕方なしに走り続けている。
「あ」
 その車は二人を抜かし、加速を掛けるとダンプなどの間を縫うように疾走する。後ろの パトカーは付いてこられそうにない。集団では一気にダンプなどを追い越せない。
「シリス、追え」
 仕事ではいつもディネンが運転し、横でシリスが通信やナビ、作戦の指揮を取っていた。 後部座席にはチームメイトのセスターを乗せ、撃ち合いになっても対応できるようにしている。
 が、今はシリスが運転し、ディネンが横に乗っている。
「しょうがないなー」
 シリスもアクセルを踏み込むと車線変更を繰り返し、その車を追った。こうなると相手も シリス達に追われていることに気付く。
 ダンプの一団を抜かし、相手は先頭に躍り出た。ぴったりあとにつき、緩いカーブが直線に なるのを待つ。
 ひたすら一直線、こうなると運転手の技量よりも車の性能がものをいう。ディネンの車は スポーツタイプにしては小型だが、買ってからまだ一年も経たない新車同然、しかも新しく 発表されたほぼ最新の性能を持った車である。
 ディネンはちらとシリスの横顔を見た。シリスはいつものままの…仕事をしている時の ままの顔で車を走らせる。運転技術自体はディネンより劣るが、張り詰めるでもなく、淡々 と追い続ける。
(……相変わらずだな、こういうところは……)
 本人は真剣なのだろうが、目付きが鋭くなったりということはないので、あまり緊張して いるようには見えない。どんなに追い詰められた状況でも常にそうで、逆にその表情は神経 を磨り減らしているディネンにとっては精神安定剤の役割すらはたしていた。
 パトカーのサイレンの音が微妙に離れていく。こうなるともう、彼らで仕留めるしかない。
 ディネンは銃を構えた。窓から身を乗り出す。シリスはわずかにアクセルを緩め……何が あっても対応できるだけの車間距離を取る。
 銃が火を吹いた。
 タイヤを撃ち抜かれた暴走車は、その後部タイヤをバーストさせ、ひどく蛇行しながらそれ でも何とかクラッシュはせず、走り続ける。
「サイドミラーも壊せるかい?」
「どっちのだ?」
「運転手の反対側」
「じゃあ、少し車を寄せてくれ」
「了解」
 シリスは車をわずかに左に寄せ、ディネンがミラーを狙う。
 はっきり言って狙撃手のセスターよりも彼の方が腕前はいい。狙いがあった瞬間、前の車 のミラーは砕け散り、あっという間にシリス達の後方まで飛んでいく。
 シリスは死角の大きく開いた左側に車線を取り、ぎりぎりの位置から追い立てる。
 カーブが左へ曲がる。
 ランプウェイほどではないが、高速道路にしては急な左カーブ。あとで付け加えられた 区間であるため、車線も三車線と狭い。
 バーストしたタイヤから火花を散らし、その車は左へハンドルを切る。シリスはそのカーブ で左……つまり、内側から追い越し、ウインカー無しで急に前へ割り込んだ。ブレーキだけ では間に合わず、後ろの車はよけようと…右には壁があるので左に急ハンドルを切り……。
 シリスはそのままアクセルを目一杯踏み込み、加速して振りきった。ルームミラーには スピンする車の姿。
 次の瞬間、花火に負けない大音響を立て、その車は壁に激突、火柱を吹いた……。


「はた迷惑な奴だな、正月から」
 ディネンとシリスが家で一杯やっている頃。
 いつ何がおきるかもしれないので全員が休めるはずはなく、よりによって今晩が当直に なっていたGDISのナンバー2、副主任を務めるこの男は、寒い中をぶつくさ言いながら 現場検証に当たっていた。
 パトカーが振り切られた頃になってようやく警察は、犯人が凶悪犯だったことを理由に GDISに連絡、さっさと引き上げてしまったのだ。
 全身火傷を負った犯人を救急車に押し込み、部下と事故の事後処理をする。
「ったく、それこそ交通警察の仕事だろーが」
 凄まじいブレーキ跡と、まだくすぶる車の残骸を見ながら口をついて出るのは文句ばかり。
「くそ、今ごろみんなお祭りで浮かれてるかさっさと寝てるかだよな。何で俺だけ……」
 眠気覚ましにミントガムを口に放り込む。
「だいたいな、あんた達……へっ……へっくしょい!!」
 軽傷で済み、現場に残された共犯の顔にガムをくっつけ、冴えない上級捜査員はますます 不機嫌に作業を進める。
「ひっくしょい!」
 処理を終えて車に乗ろうとし、彼は空から冷たいものが落ちてくるのに気が付いた。
「やれやれ、降ってきやがったぜ」
 取りあえず仕事は終わった。本部に戻ったらコーヒーでも飲んで暖まろう。共に処理に 当たった部下達も引き上げていく。
 彼一人の乗った車は、雪が風に舞う中を市街に向けて静かに走り出した。


「うわー、ナノさん、雪ですよ、雪」
 空から白いものがふわふわと舞い降りてくる。
 ナノとアヤノは、興奮冷めやらぬセントラル・スクウェアから空を舞う風花を見上げた。
「風花か。おっ、なあ、今度、スキーでも行かないか?」
「それって口説いてるんですかー? ナノさんのおごりだったらいつでもいいですよー」
「………………」
 白い雪はそんな二人にはかまらず、落ちては溶け、また落ちては溶けを繰り返した。街を 彩る様々な色の光を反射しながら……。


 同じころ、フカフカの犬をなでながら、シリスは視線を窓の外に向けた。妹のマリアは 奥の部屋で眠っている。
 室内にいるのは、他にはディネンのみ。テーブルの上にはワインボトル。
「ほら、ディネン、外……」
 促され、ディネンは車の雑誌から目を上げ……またすぐに戻した。
「……冷えるな。今日も……」
「積もるかな?」
「さあな」
 犬がのそと動く。足下に寄ってきた犬をけらないように気をつけながら、シリスはしばらく 窓辺で舞い降りてくる雪を見つめた。藤色の瞳に舞い落ちる雪と町明かりが映る。
 シリスと雪を見るのはこれが最後になるのも知らず、ディネンはちらと視線を動かした だけで、それ以上見ようとはしなかった。

 そう、二度と一緒には見られないことを知らずに…。

‐完‐

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