目次   Novel   Illust   MIDI   HOME

Lunatic Side 〜Past〜

第∞話:通勤なのだ!

「……また君かね」
 警察署の中。別に、犯罪を犯したわけではない。通算十六回目の自損事故!
 今朝も遅刻すれすれに自宅を出て、バイクを飛ばしまくった揚げ句……そこの水路に落ち たのだ。
「ああ……これで今日も遅刻決定だな」
 アニ・ナノ。
 オットー・ナノとマァム・ナノの長男で、二人兄弟の兄なのだ。
 ……よくよく考えればかなりふざけた名前だが、これでも一応GDISという捜査機構の 捜査員である。
 とはいっても、髪はツンツン、明るいラベンダーグレーに染め、制服は着崩している。
 しかも……そもそも捜査員を目指したのはバイクチェイサーになってバイクを飛ばしたか っただけという、とんでもないほどのいい加減男である。
 そのいい加減さは……。

「バッカモン!」

 二時間以上遅刻して捜査室に顔を出すと……案の定、課長に怒鳴り飛ばされた。
「お前はまた遅刻の連続記録を更新したぞ!」
 ナノは何とかお説教から逃れようと視線を所属チームのリーダーに送るが……完全無視。
「ええい、罰としてお前は今日一日……」

「たわ〜し、たわ〜し、ごぉーしごぉーし…」
 デッキブラシで床を擦り、水を撒いてモップで拭く。
 ……こうしてナノは今日も罰として……課長からトイレ掃除を命じられたのだった。
「明日も遅刻したら今月の給料は無しだ!」
 というキッツイ宣告もついて。
 とまあ、かようなわけで……翌朝、そのバトルは始まった。

「うおおおおっ!?」
 ……やっぱり寝坊した。始業時刻まであと三十分!
 ナノはご自慢の髪形がつぶれているのにも構わず、制服をつかんで部屋を飛び出した。
 階段を駆け降りる時間すらも短縮、彼はアパートの四階から飛び下りる!
 こう見えても彼は一流の捜査員、運動神経は……。

 どぐわっしゃーん!

 自転車置き場に落下。それでも見た目だけはスマートに、すたっ! と着地した……が……。

 じ〜〜〜〜〜〜ん……。

「……あ……足が……しびれる……」
 安全靴のようにごつい靴を履いた足を引きずりながらバイクにまたがり、エンジンをかける。

 ぷすん。

「あああああっ!?」
 そういえば昨日の事故で……。  ナノはバイクで出勤するのは諦め、ガソリンを入れる金がないとき用のマウンテンバイク ……つまり、チャリにまたがった。
 走る走る。
 ……いや、本人は飛ばしまくっているつもりだが……実際に速いが、マウンテンバイクは自 転車よりも若干スピードが落ちる。
 ナノはチャリの大きさと軽さをいかし、バイクでは入れないような細い路地を抜け道に 使った。
 本屋の裏を抜け、事務所の脇を抜け、ナノは正面のT字路を曲がろうと……。
「どああああっ!?」
 スピードを出し過ぎて曲がりきれない!
 そのまま正面のごみ捨て場に……。

 どごすこっ!

 アジの骨や腐ったキャベツの芯が宙を舞う。
 それらと共にナノも宙を……。

 ずぼ。

 間抜けな音が聞こえた時には、ナノは頭からゴミバケツに刺さっていた。
「うお、くっせ……」
 一度不運なコースにハマってしまうと、抜け出すのは用意ではない。
 ナノは頭を抜きながら振ってゴミを払うと立ち上がろうと……。

 ずべ。

 茶色く変色したバナナの皮に足を滑らせ、再びゴミに埋まる。その上に誰かがゴミを 捨てていく。
「〜〜〜〜っ」
 が、こんなことでメゲている場合ではない。今日遅刻したら給料ナシだ。これではバイク のガソリン代も事故の保険も払えない!
 そこはかとなく変形したチャリに急いでまたがり、細い路地を野良猫の迷惑も考えずに 突っ走る。
 幾らか下りの道を加速しながら進めばもう、すぐにウォーターフロントまで抜ける。
 目の前がひらけた。
 T字路。
 正面は水路、頭上には青空が広がり、すぐ前には……白いガードレール!
「あああああっ!」
 下りでスピードがつき過ぎ、曲がることも停まることもできない。
 ナノはまたもやチャリごとガードレールに突っ込み、反動で高く舞い上がる。そのまま 自由落下……。

 どぼん……。

 二日連続で水路へ。
「へ……へっ……水も滴るいい男……へっ……へっくしょい!」
 ……ピチピチと服のポケットの中でドジョウが暴れている。頭の上にもいるようだ。
 が、構っているヒマはない。
 更に変形したチャリに乗り、大通りへ出る。
「どけどけどけーっ!」
 人の波間を縫い続ける。
 やがてビルの谷間……その向こうに目指す本社ビルが姿を現した。急いだ甲斐があって、 それは段々と近付き……。

 がこっ!

 脳天を何か鋭いものでつつかれる。
「突き刺さるよーに痛いっ!?」
 頭上をドジョウをくわえた鳥が飛び去って行く。やがて……。
「うわおぎゃー!」
 ポケットの中などでピチピチしているドジョウを狙って、鳥が襲いかかってくる。
 逃げるように疾走。
 本社の敷地内に入った時にはすでに体中がつつかれ傷だらけ。
 始業まであと十八分!
 スクラップのようなチャリをエントランス前に乗り捨て、ビルに駆け込む。

 ぼわん!

 ……自動ドアに体当たり。  そういえば、今日はメンテナンスで横の扉から入るようにいわれていたっけ。
 立ち上がったところへ今の反動で外れた強化ガラスの扉が倒れかかってくる。
「押し潰されるよーに重いっ!」
 律儀にそれをはめ込むと、行ったばかりのエレベータを追いかけ、エントランスホールの階段 を駆け上がる。
 エレベータとどちらが速いか。
 三階で追いつき、ボタンを押す!
 ちーん!
 惜しい、0・5秒遅い!
 入れ替わりに降りてきたエレベータで十五階まで上がると、捜査室のある高層階への直通 エレベータに乗り換えようと……。
 紙が張ってある。

 『メンテナンス中』

 恐ろしく広いこのビル、他のエレベータまで距離がある。
 こうなったら仕方ない、すぐそこのエスカレータを駈け登る。
 エスカレータは……動いていなかった。これでは階段と変わらない。足元に電源があるはず だ。座る時間も惜しいのでそれを蹴飛ばす。
 ……元の電源が入っていないようだ。残りあと十五分!
 ナノは体力に任せ、そのエスカレータを構わず駆け上がり続けた。
 捜査室は六十四階!
 三段抜かし、二段抜かし、一段抜かし……。
「ハア……ハア……」
 いくら若いとはいえ……まあ……若くなければこれを駆け上がろうなどとは考えないだろうが ……息が切れる。
 あと一階!
 残り時間四十秒!
 エスカレータと捜査室は目と鼻の先にある。ギリギリで間に合うはずだ。
 ナノは残りの気力と体力をふり絞り、最後のエスカレータを駈け登る。
「ふう……」
 ラスト、一歩。
 ここまでくれば一息ついても大丈夫、ナノはやっと足を休ませた。
 さて、数秒休み、ナノが六十四階の床に足を乗せようとした途端……。

 ガクン。

 エスカレータに電源が入った。それがやっと動きだす。
 今まさに六十四階の床を踏もうとしていたナノは……。

 す――。
 ……どうやら駆け上ってきたのは下りエスカレータだったようだ。
「………………」
 気づいたときには六十三階まで、戻されていた。

「……おはよう。早かったな、今朝は」
 冷たい目をしたチームリーダーが、目よりも更に冷たくタイムカードを突き返してきた。
 部屋の入り口で押したタイムカード……。
「……ナノ」
 課長に呼ばれる。
「お前は……」
 課長の声色に、ナノの後ろで隣のチームのリーダーが十字を切った。
「今月の給料はナシだ!」
 彼の勤務先……GDISの始業時刻はAM09:00:00。つまり、午前九時〇分〇秒。
 ナノのタイムカードには……AM09:00:06とあった。

‐完‐

  目次   Novel   HOME         (C) Copy Right Ren.Inori 2001-2006 All Right Reserved.