児童の数 じどうのかず
とじる

 今の百合小の児童(じどう)の少なさには驚(おどろ)きます。 1960年代(ねんだい)には千数百名(せんすうひゃくめい)はいたとおもいます。

 つぎつぎと校舎を大きくしていましたが、それでも教室(きょうしつ)がたりなくなり、 東側(ひがしがわ)の渡り廊下(わたりろうか)の2階(かい)の両側(りょうがわ)を出入り口のついた壁(かべ)でふさいで、 図書室(としょしつ)として使(つか)っていました。

 下の写真の左上を見ると窓(まど)に丸い穴のようなものが見えます。  これは、この渡り廊下を部屋(へや)として使っていた時の石炭ストーブの煙突(えんとつ)の穴がのこっているものだとおもいます。

2階渡り廊下 2010-07

南側の校舎から見た2階の渡り廊下(わたりろうか)です。 今になってみるとこんな狭(せま)いところが図書室だったのはおどろきです。  閲覧机(えつらんづくえ)はなかったと思いますが、窓際(まどぎわ)にはいくつも本棚(ほんだな)が並(なら)んでいました。

左の窓(まど)の外がプール。 窓は重くて開けるのがたいへんだった鉄(てつ)サッシです。  夏には窓枠(まどわく)にガラスをとめているパテ(べとべとしたねんどのようなつめもの)がグニャグニャにやわらかくなっていました。

2010年7月24日 旧校舎の見学会にて

 ついには、鉄筋(てっきん)コンクリートの校舎だけでは収(おさ)まりきらなくなり、 南側(みなみがわ)の校舎(こうしゃ)の前に平屋(ひらや=1かいだけのたてもの)のプレハブ校舎を作りました。  もともとどの教室にも冷房(れいぼう)も扇風機(せんぷうき)もありませんでしたが、 とくにプレハブ校舎の教室は夏(なつ)にはとても暑(あつ)くなり、たいへんだったようです。

 今(2010年)、校舎の建て替え(たてかえ)のために新しい3階(がい)だてのりっぱなプレハブ仮校舎を作っていますが、 これは冷房(れいぼう)が入るのでしょうね。

完成してから見たら、仮校舎にはちゃんと冷暖房(れいだんぼう)が入っていました

 このホームページ内で紹介(しょうかい)している写真(しゃしん)の中には、プレハブ校舎が写(うつ)っているものがあります。  たとえば、「百合丘小 1968」の人文字(ひともじ)の航空写真(こうくうしゃしん)には2つのプレハブ校舎が見えます。

 また、人文字の写真から、とてもたくさんのこどもがいたこともわかります。

航空写真

最近の児童の数 (さいきんのじどうのかず)

その後、創立50周年(そうりつ50しゅうねん)をむかえた2015年。  2015年(H.27)8月の百合小の児童の数を百合小のホームページでしらべたら、750名でした。 いちばんたくさんいた時の半分くらいでしょうか。

同じく百合小のホームページによると、1968年(S.43)には川崎市でいちばんの児童数(じどうすう)となり、 39学級(がっきゅう)で1622名が学んでいたということです。