百合丘団地 ゆりがおかだんち
とじる

 かつての日本住宅公団(にほんじゅうたくこうだん)百合丘第一団地は、建てかえられてサンラフレ百合ヶ丘になりました。  また、百合丘第二団地は百合ヶ丘みずき街(がい)に建てかえられました。
(第二団地の一部、高い位置にあった旧117〜129号棟跡(あと)には、マンションのパークシティ新百合ヶ丘が建ちました)

 百合丘団地は、1950年代後半(ねんだいこうはん)に建(た)てはじめられた近代的(きんだいてき)な団地の1つで、人々が住みたいとあこがれるものでした。

 神奈川県(かながわけん)では最初(さいしょ)の近代的団地でした。 できた時からトイレは洋式(ようしき)で、キッチンには一般(いっぱん)に使われはじめたばかりの、ステンレスの流し台が取りつけられていました。 (ちなみに、百合小のトイレは和式(わしき)でした)

 切(き)りわけたカステラのような四角(しかく)い建物(たてもの)のほかに、Y字型(わいじがた)の建物もありました。  ちょっと未来的(みらいてき)なかたちです。 このY字型の建物は、スターハウスと呼ばれます。
→ 下記、「Y字型の建物 スターハウス」に百合丘全体のスターハウスの配置をまとめてあります

 スターハウスは第一団地に4棟(とう)、第二団地に4棟、合計で8棟ありました。  さらに、現在(げんざい)のサンラフレ百合ヶ丘9号棟の向(む)かいのカネカと江商(ごうしょう)の各1棟の社宅(しゃたく=かいしゃがしゃいんのためにつくったいえ)も、スターハウスでした。

 また、百合ヶ丘駅前からバス通りを登(のぼ)っていって第一団地前(だいいちだんちまえ)バス停右奥(みぎおく)にもスターハウスが2棟ありました。  森永乳業(もりながにゅうぎょう)の社宅です。北側(きたがわ)1棟は2008あるいは2009年ころまで残(のこ)っていましたが、ついに取り壊(こわ)されてしまいました。

江商(ごうしょう)株式会社(かぶしきがいしゃ)は大阪に本社があった商社(しょうしゃ)です。 その後合併により、現在は兼松(かねまつ; これも商社)株式会社になっています。
株式会社カネカは化学品のメーカーで、「カネ」は「鐘」から来ています。 兼松とは別の会社です。

●訂正● 初め、2つの並んだスターハウスは両方ともカネカの社宅と思っていました。 しかし北側の1棟は江商の社宅でした。(2015-11)

 もうひとつ、弘法の松交差点(こうぼうのまつこうさてん)から弘法松公園(こうぼうのまつこうえん)のほうにのぼったところ、公園入口の前にも ANA の社宅のスターハウスが1棟ありました。
(ANA: 当時の略称(りゃくしょう)は全日空(ぜんにっくう) 現在では ANA(エーエヌエー :All Nippon Airways Co., Ltd.より)がよく使われるようです。正式社名は全日本空輸株式会社(ぜんにっぽんくうゆかぶしきがいしゃ) )

 こんな団地を舞台(ぶたい)に映画(えいが)も作られています。  団地ができたばかりのころの百合丘の景色(けしき)がうつっているので、チャンスがあったら見てみるとおもしろいでしょう。 お話(はなし)は小学生ではちょっとむずかしいかもしれません。

(1) 『喜劇 駅前団地』[きげき えきまえだんち]

1961年公開 久松静児 監督 東京映画 製作 東宝 配給

地上波(ちじょうは)やBS(びーえす)のテレビで何度(なんど)も放映(ほうえい)されています。 DVD になっています。

ネットを探したら、映画の各場面を撮影した場所、ロケ地を訪問する「聖地巡礼」という記事がありました。  その中でこの「喜劇 駅前団地」が取り上げられています。 また「クレージー作戦 くたばれ!無責任 」の中でも百合丘団地の風景が使われている場面がありました。
「荻窪東宝」のページ内「聖地巡礼」をご覧ください。
 → 荻窪東宝

(2) 『彼女と彼』[かのじょとかれ]

1963年公開 羽仁進 監督

CS有料放送(しーえす ゆうりょうほうそう)で放映(ほうえい)されたことがあると聞(き)きました。
また、2015年現在(げんざい)では DVD にもなっています。

百合丘団地の建物の数

第一団地
  • 住棟(住むためのたてもの):40棟
  • 公団管理事務所+診療所:1棟
  • 集会所:1棟
  • 公団営業所:1棟
第二団地
  • 住棟(住むためのたてもの):28棟
  • 住戸+商店:2棟(いわゆるゲタばき住宅)
  • 集会所:1棟
【日本住宅公団】
にほんじゅうたくこうだん
みじかく「公団」と呼んでいました。人々に安(やす)くて住(す)みやすい家(いえ)をよういするために国が作った会社(かいしゃ)のようなもの; 今はなくなっていて公団をもとに作られた UR都市機構(ユーアール としきこう)が団地を管理(かんり)しています。  今の団地の家賃(やちん)は、安くはなくなっています。

百合丘団地マップ ゆりがおかだんちまっぷ
1990年以前
最近  下地地図は最新;スポット名称は一部古いもの

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地図内記事への直接リンク: →百合丘周辺のランドマーク

 上の左側の地図は建て替え前の百合丘団地の建物(たてもの)の配置(はいち=ならび)です。 団地と社宅のY字型の建物 スターハウスの配置も載(の)せました。

 いくつかの場所の標高(ひょうこう=うみからのたかさ)も記(しる)してみました。百合丘は丘陵(きゅうりょう)をけずってつくられた町で、坂や階段がたくさんあります。

 若い夫婦(ふうふ)が入居してきた百合丘団地周辺には児童公園(じどうこうえん)がいくつもありました。 第一から第七まで確認できますが、なぜか団地の近くには「第六」がありません。  バス停団地坂上から南に250mほどのところに「百合丘第6公園」があるのですが、その周辺は百合丘団地ができたころにはまだ里山(さとやま)あるいは畑の中でした。 「6」がなかったので後から作った時にその番号を使ったのでしょうか。

 また、現在「第一公園」の名前は残っていません。  しかし、1986年頃の地図には「弘法松公園」(こうぼうのまつこうえん)のところに「第一公園」と記(しる)されていました。  そこで、私は弘法松公園が第一公園と呼ばれていたことがあったのではないかと考えています。 ただ、弘法松公園に行ってみると、入り口には「弘法松公園」としか表示(ひょうじ)されていません。

 第二児童公園の横、日之出マーケットのななめ向かいにはL字型に並んだ2棟の建物がありました。二階が住居一階が商店のいわゆる「ゲタばき」で、この一角を富士塚名店街(ふじづかめいてんがい)といいました。 富士塚名店街には食料品・酒屋、魚屋、八百屋、金物屋などがならんでいました。

 ここにあった食料品・酒屋の「生田ストアー」は、現在(2011)ではすぐ前の十字路の向こう側に移りコンビニとして営業を続けています。 このコンビニの場所は、かつて百合丘第二団地の101号棟があった場所です。  「富士塚名店街」の前の十字路のまわりにはその他にもいろいろなお店があり、全体で「富士塚商店街」(ふじづかしょうてんがい)と呼ばれています。この商店街は、店数は減ったものの今も健在(けんざい)です。

建物の移り変わり
  • 百合ヶ丘中央病院→
     百合ヶ丘シティタワー(マンション 1997年完成)
  • 三ツ輪星マーケット→
     サンフレッシュ(スーパーマーケット)
     サンフレッシュは、建物が改築で小さくなったものの一部三ツ輪星マーケットの原形を残して営業していました。しかし、建物の老朽化(ろうきゅうか=古くなること)が主な理由だと思いますが、2012年11月末に50年以上に渡る営業を終了し、閉店しました。 2013年の7月初めには、建物の跡地がコインパーキングになりました。
  • 日之出マーケット→
     藤和シティホームズ百合丘公園
    (マンション;1999年11月完成)
  • 富士塚名店街(130,131号棟)→
     戸建て分譲住宅(2009年完成)
航空写真 国土地理院 mapps (こくどちりいん まっぷす)で公開されている航空写真(こうくうしゃしん)に場所や建物の名前を入れてみました。
百合丘団地周辺 1961年

第二団地の入居(にゅうきょ)が始まった1961年の航空写真(こうくうしゃしん)です。

百合小の校舎はまだありません。 川崎市の下水処理場(げすいしょりじょう)のすぐ東側の、今は高石団地がある場所もまだ畑です。

1961年9月5日撮影
百合丘団地周辺 1975年

1975年の航空写真(こうくうしゃしん)です。 前年6月に新百合ヶ丘駅が開業(かいぎょう)しています。  団地の周りにもたくさんの家がたっています。

1975年1月4日撮影


百合丘第二団地の残滓
ゆりがおかだいにだんちのざんし(のこっているあと)

 百合丘第二団地の1番目の住棟 101 号棟は、第二児童公園の近くにありました。  現在その場所にはコンビニがあります。 公園近くを歩いていたら、第二児童公園の前にある電柱広告(動物病院)に「第二団地101前」の表記が残っていました。  第二団地が無くなってからもう6年以上経つでしょうか。 この動物病院は今でも同じ場所で診療中です。

 次の写真のうしろに見える建物は百合丘第一団地立て替え後のサンラフレ百合ヶ丘10号棟です。 右側の緑(桜の木)の内側が第二児童公園です。

  • 前にかいたコンビニ、スリーエフ百合丘三丁目店は、近年閉店(へいてん)しました。(2017年秋〜冬頃?)

 その電柱広告から道をはさんで反対側、第二児童公園の入口には周辺の商店等の案内板が残っていました。  内容からして、数十年前に掲示されて何度か訂正している内にいつの頃からかそのままに放置されているようです。  もはや無くなってしまった「富士塚名店街」(図の上部中央)の表記も残っています。  130号棟が「富士塚名店街」になって いますが、これは 131号棟の誤りか?(下記の「追記」もごらんください

 周囲の商店、医院などでも今はないものがあります。 松葉浴場(営業中)となりの百合丘ベーカリーのクリームパンはとてもおいしかったのですけど、残念です。

(2011年(H.23) 6月)

追記

 富士塚名店街は、1階がお店で2階が住居(じゅうきょ)という2階建の、団地住棟(だんちじゅうとう)と似た形の建物に入ったお店の集まりです。

 建物は十字路に沿って2棟がL字型に並んでいました。第二児童公園に近い建物は131号棟でした。いっぽう公園から遠いもうひとつの棟は130号棟です。  このページを最初に書いた時には富士塚名店街はL字型の1棟で、それが131号棟であると認識していました。  その後、ここで営業をしていた方に確認したところ、131号棟と130号棟の2棟があったとのことでした。(2011-12)


Y字型の建物 スターハウス
わいじがたのたてもの すたーはうす

 百合丘団地と周辺の企業社宅の中には上から見るとY字型の建物がありました。 この建物は住宅公団(UR都市機構の前身)では「スターハウス」と呼んでいました。5つには足りませんが、3つの部分が中央から飛び出して星形に見えるからです。

 スターハウスは、同じ形の建物が並ぶ団地内の景色に変化を与えるために作られた特徴(とくちょう)のある建物の1つです。 十分な大きさのない土地に建物を建てるためとか、団地のシンボルとしての役割も持たされていたといいます。

 百合丘には8棟の公団のスターハウスと、5棟の企業社宅のスターハウスがありました。 森永乳業百合ヶ丘アパートの最後の1棟が2008年頃(?)に取りこわされて、全てのスターハウスが百合丘からなくなりました。

百合丘団地と
周辺のスターハウス


百合丘団地の8棟と企業の社宅5棟、計13棟のスターハウスの位置を 1975年の航空写真にマークしました。

1975年1月4日撮影

 百合丘団地にあったものと全く同じものかはわかりませんが、スターハウスの平面図があったので、1フロアのだいたいの形を絵にしてみました。

 スターハウスは1フロアに3つの住戸があります。 この例では、1つの住戸の中はいわゆる2DK です。2つの部屋とダイニングキッチンがあります。 トイレとお風呂もちゃんとついていました。

(http://codan.boy.jp/ (Codan walker) を参考にさせていただきました。ありがとうございました)

● 数少なくなったスターハウス

 現在(2010年8月)でも東京の赤羽台団地(あかばねだいだんち)に行くと、団地建設当時(1962年)のスターハウスが残っています。 JR赤羽駅西口を出ると、赤羽台の高みに誇(ほこ)らしげにそびえるスターハウスが望めます。 スターハウスが建てられた頃(1950年代後半〜1960年代)には、公団の団地に住むことが1つのあこがれにもなっていました。 そんな団地の中で、目立つスターハウスは確かにシンボルになっていたのです。

 残念ながら、手元にちゃんとした百合丘団地のスターハウスの写真はありません。 屋根の一部がちょこっと写っているものしかありませんでした。 そこで、赤羽台団地のスターハウスの写真を撮ってきました。

 百合丘団地にあったスターハウスも、赤羽台団地と同じく5階建てでした。  百合丘の社宅のスターハウスは4階建てもしくは5階建てだったと思います。

 赤羽台団地は 2010年時点では「ヌーヴェル赤羽台」に建て替えが進んでいて、古い建物が次々と取壊(とりこわ)されています。

 多くの種類の、デザインが異なる建物が並んでいる広大な赤羽台団地は、繁栄(はんえい)した「団地」というものの博覧会場(はくらんかいじょう)のようでした。 これが全て高層(こうそう=かいすうがおおくたかい)の「カッコイイ」マンション風建築に変わってしまうのも残念なことだと感じたものです。

赤羽台団地のスターハウス群
赤羽台団地42号棟のスターハウス 赤羽台団地49号棟のスターハウス
● すてきなお家

 写真や、現存しているスターハウスを見ると、現在でも未来的なすてきなデザインに見えます。  三角形に旋回(せんかい)して(ぐるぐるまわりながら)のぼる階段も、何か楽しく、いい形をしています。

 住宅公団ではこんなデザインを 1950年代に考案し、実際に建設の始まった日本各地の団地にスターハウスを建てていったのです。  デザインとしても機能としても、かなり先進的であったと感じます。

● 衰退 (すいたい=おとろえてきえてゆくこと)

 このようなスターハウスも、通常の建物よりも作りが複雑で建設するのに手間がかかりました。  大量生産に向かず、また、隣の部屋の窓の中が見えやすいなどの不都合もあり、ついには建てられることはなくなっていったそうです。  そして、住宅公団団地が登場してから50年余り経った今、団地の建て替えとともにスターハウスはなくなりつつあります。

 住宅公団以外の社宅などとして建てられたスターハウスも、同様に建て替えが進み、2010 年(H.22)の今、日本からスターハウスは消えつつあるようです。 (スターハウスは、同様の形の設計が会社の社宅や県営団地、市営団地などでも使われていました)

● 博物館入り?

 東京の西武池袋線ひばりヶ丘駅近くのひばりが丘団地(東京都西東京市)では建て替えが進む中、1つだけ53号棟のスターハウスが保存されているそうです。

 補修(ほしゅう)して事務所や集会所として使っているとのこと。 歴史的意味があるということで保存されているので、しばらくは安泰(あんたい)でしょう。 今後、現物のスターハウスを見たくなったらここに行くしかなくなるかもしれません。

赤羽台団地42号棟のスターハウス入口 赤羽台団地の43号棟スターハウス北側階段部分
おどり場はバルコニーになっています。

数々の追加配管や配線が歴史の長さを物語っています。

● 見つけたっ!

 まさに百合丘団地のスターハウスの写真を次のサイトで見つけました。 百合丘団地の他の部分の景色も見ることができます。

 第一団地がサンラフレ百合ヶ丘に建て替えられた後、第二団地が半分ほど撤去された頃にぎりぎりセーフで撮影されたようです。 間にあってよかった。 第一団地前の森永乳業百合ヶ丘アパートの写真もあります。

http://codan.boy.jp/
 (Codan Walker; コーダンウォーカー)

「百合丘第二団地」のページと、「スターハウス特集」のページにあります。
「スターハウス」については名前や歴史など、このホームページで勉強させてもらいました。感謝。

● かつての百合丘団地

 117号棟のスターハウスの前を通りかかると、やけに大きなテレビの音が聞こえる。ふとそちらに目をやると、窓を開けっ放しで下着姿のおじさんがテレビを見ている。

 …このような風景はこの町からはなくなりました。 117号棟があった辺りには、新しく民間のマンションが建ちました。 新しいデザインの大型の建物です。 セキュリティ完備(かんび)のマンションに暮らす人々は、日本経済華やかなりし頃の団地の住人よりはおしとやかです。

 人によりものの感じ方は違います。 きれいな、設備の整った大きな建物のほうが住むのには安心。確かにそうでしょう。 でも、私は今の「百合丘団地跡の新しい都市」に以前よりも若干窮屈(きゅうくつ)なものも感じます。

消えてゆくスターハウス (update: 2018-07-26, 2016-07-01)

 地図を見ていて気付いたのですが、新宿区北新宿にスターハウスを見つけました。 全部で6棟の建物があるNTTの柏木社宅(かしわぎしゃたく)です。 その内、北側の3棟がスターハウスでした。

 見に行ってみると、ちょうど取り壊(こわ)し中でした。(2013年4月5日) スターハウスも一部が残るだけでしたが、5号棟の部分の写真を撮ることができました。

 4階建(かいだて)で、確認(かくにん)できる階段(かいだん)の作りなど、外見は赤羽台団地とはやや異なっていました。

 かつては東京のどまん中にもスターハウスがありました。表参道駅(おもてさんどうえき)の近くの「原宿団地」(はらじゅくだんち)です。これも2010年ころに取り壊されました。(跡地(あとち)は「ザ・神宮前レジデンス」)

ほぞんされているスターハウス

 今や実際(じっさい)にスターハウスを見るのはむずかしくなってきました。  それでも、URのスターハウスでは保存されているものもあります。 現在、私が知っているかぎりでは次の2棟のスターハウスが記念碑的(きねんひてき)な意味で保存されています。

  • 東京都東久留米(ひがしくるめ)市のひばりが丘団地の53号棟: URの管理事務所として使われています。
    地図
  • 大阪府藤井寺(ふじいでら)市の春日丘団地(かすがおかだんち)の10号棟: 内部に受水槽(じゅすいそう=水道水のタンク)が設置(せっち)され、 外観(がいかん)は記念碑として残されています。
    地図   ➜ UR の関連記事(かんけいするきじ)

  • 柏木(かしわぎ)は、1971年の住居表示変更前の北新宿の名称;NTT柏木社宅があった場所 ➜ 地図
    柏木社宅が取り壊された跡(あと)にはマンション「ロイヤルパークス北新宿」(2016年1月完成)が建てられました。
  • 「ひばりが丘団地」は建て替えられて、「ひばりが丘パークヒルズ」になっています。
  • 「春日丘団地」は建て替えられて、「サンヴァリエ春日丘」になっています。

スターハウスの記念碑(きねんひ)

いっぽう、大阪府堺市(おおさかふさかいし)にあった金岡団地(かなおかだんち)はたてかえられてサンヴァリエ金岡になっていますが、 この中にスターハウスのかたちをしたモニュメントがあります。

実際(じっさい)にこの場所にあったスターハウスの土台の上に、スターハウス型(がた)のわくぐみを作り、 スターハウスの記憶(きおく)をのこしています。 「スターハウスメモリアル広場」とよんでいます。
この団地の管理事務所(かんりじむしょ)も、上空から見るとスターハウスの形にこだわって作られていることがわかります。
  • 金岡団地は、1956年(S.31)に日本で最初にできた日本住宅公団(にほんじゅうたくこうだん)(現在のUR)の 賃貸住宅(ちんたいじゅうたく)で、全46棟(とう)の住棟(じゅうとう=人が住むためのたてもの)のうち、8棟がスターハウスでした。 (航空写真をもとに数えたので住棟の数には誤りがあるかもしれません)
    地図   ➜ スターハウスのモニュメント   ➜ UR の関連記事(かんけいするきじ)

    なお、サンヴァリエ金岡の住所は、なぜか金岡町(かなおかちょう)ではなく、東三国ヶ丘町(ひがしみくにがおかちょう)です。 団地のある場所は 1900年(M.33)ごろは金岡村でした。また、金岡団地ができた頃は団地の北側にある現在の阪和線堺市駅(はんわせんさかいしえき)は 金岡駅でした。(1965年に堺市駅に名前が変わる) 団地名は団地が初めてできたころの地域(ちいき)の名前によるものとおもいます。

今も使われているスターハウス

1960年(S.35)に入居が始まった千葉県松戸市(ちばけんまつどし)の常盤平団地(ときわだいらだんち)は、 建て替えをせずに補修(ほしゅう)しながら使い続けられることになりました。この中には10棟のスターハウスがあります。 しばらくはスターハウスも現役(げんえき)をつづけることになりました。

この団地から1.5kmほどのところには、初期(しょき)の常盤平団地を再現(さいげん)した展示(てんじ)のある松戸市立博物館(まつどしりつはくぶつかん)もあります。

     ➜ 常盤平団地 地図   ➜ 松戸市立博物館 地図   ➜ 常盤平団地についての論文 2012年


思い返せば…

 百合丘団地は谷戸が刻まれた丘陵地(きゅうりょうち)を整地して作られた団地です。 (谷戸 : やと 三つの方向を山に囲まれた細長い谷。谷底は水田や畑として使われる。主に関東で使われる地形の名前)

 公団坂上(当時の名前)のバス停は近隣では最も高い標高120m の位置にあります。 その付近の120番台の団地住棟は坂を上るに連れて階段状に高さが変わる部分のある、他の団地とは異なる独特の形をしていました。 スターハウスに劣らずおもしろい形状だったと思います。 今思うと写真に残しておけば良かったと感じます。

 独特な形状といえば、近隣の麻生台団地(あそうだいだんち)にも変わった形の棟が並んでいます。
こちらは、台地というか小山の上に建てられているのですが、建物が建つ地面と接続する道路の間に大きな段差があり、道路と入口の間に橋が架かっている建物があります。 「団地マニア」ではない私も興味をひかれるおもしろい形です。

 麻生台団地も百合丘団地につづく長い歴史を持っています。(麻生台団地築年月: 1970年11月) 建て替えが始まる前に記録しておきたいと考えるものです。

麻生台団地(あそうだいだんち)

麻生区(あさおく)王禅寺西(おうぜんじにし)と下麻生(しもあさお)に位置する。  43棟、947戸。(19号棟は集会所)
当時の日本住宅公団が建設・分譲した集合住宅で、百合丘団地と異なり賃貸ではない。住民の管理組合が委託した管理会社により管理されている。

麻生台団地22号棟周辺

道路面より低い1階と、道路と橋でつながる2階に出入り口がある。
2012年5月撮影

■メモ■ 団地の住所は「下麻生」です。郵便番号簿によると「しもあさお」 でも、地元の人の発音は「しもあそう」と聞こえます。 「麻生区」は近年発足したためか誰もが「あさおく」で異論はありません。しかし、「下麻生」には2種類の読みがあるようです。 そして、「麻生台団地」も実際には「あさおだいだんち」と「あそうだいだんち」の2種類の読みがあるように思います。