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第7章 の た う つ 竜 その3 五期主計雲南始末記 ら派遣した兵が火達磨になって帰って来る。黄燐弾である。シュルシェルと摩擦音をたて炸裂して兵 を空中に跳ね上げているロケット弾。草も木も、隠れている兵をも焼き尽<す火炎放射器。 私は命により藤木曹長、正野軍曹以下15名をひきいて敵に奪われた我が方の北門陣地の奪回に向か った。生還は期し難し、邪魔な鞘はいらぬと水溜りに投げ捨て、抜刀して建物と建物の間から突込ん だ。部下の後続がない。私が突込んだ建物の間で藤木がのたうち回って居る。正野以下は藤木を乗り 越えられず、建物の土塀にへばりついている。 私一人、トーチカの足元に辿り着き、中の大騒ぎが聞こえる。私は死角にあって後続を待つ。 そのうち、巡回から戻った敵二人が現れ、私に気付き身を隠す。私は横飛びに豚小屋に入り、そこか ら飛び出したのはいいが、先程の一名に体当たりしてしまい、すかさず、切り付けるが、敵は銃を上 下に交わし、一向に倒せません。敵が逃げるを幸い、私は建物を回って土塀にへばりついている正野 以下の兵を率いて私が脱出してきた逆路をとって敵陣に突込んだ。敵は東山方向に逃げるのを撃つ。 お返しの砲弾でぶち抜かれた屋根瓦をかぶる。藤木曹長はもう息絶えている。正野軍曹も負傷につき 後退させた。私も藤木曹長を直撃した迫撃砲弾の破片を右肩に後ろから食らい、次第に腫れ、痛くな ってきた。破傷風の恐れがあるので注射して貰って陣地に残った。 溜 ま り 水 こ れ 迄 な り と 刀 鞘 投 ぐ 陣地前方、東山の間、手塩にかけた農場に今しも、敵は籠一杯の野菜を入れて隊列を組んでゆく。 阻止することなく敵に糧を贈った。なけなしの弾、撃てば手痛いお返しが来る。ドンドン ガラガラ が始った。初めはバラバラだが、そのうち、リズムが揃ってくる。この音を聞いてはいきり立ち、勇 みたつも右手が使えないので刀を左手に持ち、敵を刺殺しよう。守備隊陣地右翼の野戦病院が空を染 めて燃えている。映える空に抜刀して戦う軍医のひときわ大きな影が見えるよう。山側から始めたか な。 今井兵長よ、私は笑はんぞ。暗闇を一人で握り飯を運んでいる時、総攻撃が始まり、腰を抜かし、 握り飯を泥だらけにしてしまったのを兵は笑う。人間、衆を組んでいる時、心強いもの、私はじゃり 飯を有難く頂戴する。一心に任務を遂行する今井兵長を笑うな。時に、今は作っていないが、今井が 作った饅頭は旨かったと言うと自負心を満足させたようです。やがて、私は命により野戦倉庫陣地に 戻った。前面に敵なく、張り詰めた気持ちも緩み、壕の中にあって漫然と前面を見つめている。 ふと、私の隣の兵の鉄兜に赤トンボが止まっている。こんなところに赤トンボ。生きとし生けるもの に一人、愛着を感ず。
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