競馬趣味

ダービーの事

 今年の英国のダアビイは、英国で有名な喜劇役者トムウオールの持馬、エープリルザフ
イフス号が勝つた、彼は、舞台に出る傍、馬の調教も自分でやつたらしいのである。去年
のダアビイは、ウヰスキイの製造家として、日本にも知られてゐるデワー卿の持馬カメロ
ニヤン号が勝つた。もつとも、デワー卿は一生涯の中に、一度だけはダアビイに勝たうと
して、苦心惨憺してゐたが、生前には勝てず、デワー卿が死んでしまつた年に、やつと勝
つたのである。

 一昨年には、印度の王族アガ・カーンの持馬ブレナイムが勝つた。

 その前年には、トライゴー号が勝つた。この馬は、その年の秋のセント・レヂヤー競走
にも勝つてゐる。ダービー、セントレヂヤーと二大競走に連勝することは、競走馬の最大
名誉とされてゐるが、連勝する馬は五年に一度十年に一度位しか出て来ない。

 ダアビイの勝馬は、牡種馬として、六十万円位で売買される。

 今度、日本の帝国競馬協会が、アスフオード号と云ふ種牡馬を英国から購買した。価格
は、五万円弱である。この馬も英国の競馬場裡では、相当活躍した馬である。しかも前記
のトライゴー号とは、父も母も同じき兄弟馬である。しかし、価格は、トライゴーの十分
の一にも足りない。馬の絶対的価値から云つて、そんな相違はあるわけではないのだが、
ダアビイに勝つたと云ふことが、非常な估券になるわけである。

 その位、ダアビイに勝つと云ふことは、競走馬としては、最大最高の名誉である。

 ダアビイ競走は、一七八〇年英国の産馬家ダアビイ伯の首唱に依つて創設され、爾来百
五十年余に亘つて連綿として行はれてゐる。毎年五月末日か六月上旬に、ロンドンの西郊
十四哩のエプソム競馬場で行はれる。

 その日は、英国の皇室は、全員挙つて来場されるばかりでなく、皇帝陛下の持馬が出走
することも、しばしばで、エドワード七世の如き、皇太子時代に二回、即位後一回、その
愛馬がダアビイに勝つて居る。

 皇太子時代の勝馬は、パアシモンとダイヤモンド・ジユビリイで、皇帝時代の勝馬は、
ミノルである。ダイヤモンド・ジユビリイの仔、ダイヤモンド・ウエツヂング号は、日本
へ来て種牡馬をして、相当の成績を挙げてゐる。ダアビイ競馬の日は、英国民の全部が熱
狂し、その時刻には議会さへも、開議を控へることになつてゐる。

 二才馬の出走登録申込金、一頭につき千円で、中途で取り消しても、全部は返してくれ
ない。それを一、二、三着の勝馬に配分されることになつて居り、その上に賞金が一着三
万円加へられるから、一着馬の賞金は、常に十万円以上である。最初の登録申込は、三四
百頭に上るが、出走するものは、常に二十頭前後である。

 明け四才即ち、満三才馬の競走で、距離は二千四百米強である。

 この英国のダアビイに倣つて、世界各国とも、ダアビイ競走がある。日本でも、今春か
ら、目黒で行はれた「東京優駿大競走」は、つまり日本ダアビイと称すべきものである。
これは、登録申込金は、三才の正月一頭五十円である。その年七月に、五十円、四才の正
月に百円である。つまり、出走するまで、二百円かゝる。英国のダアビイの五分の一であ
る。此の登録申込金を勝馬に配分する。その外に、賞金一着一万円で、合計二万五千円で
ある。距離は、同じく二千四百米である。今春の勝馬は、下総御料牧場産のワカタカ号で、
タイムは、二分四十五秒であつた。尤も、これは、雨馬場であつたためで、晴天ならば、
二分三十六秒台のタイムが、出ただらうと思はれる。

 英国のダアビイのレコードは、一九二〇年のスピン・コツプの二分三十秒五分の一であ
るが、しかし英国のダアビイでも、二分三十五・六秒かかる馬もあるから、日本の競馬も、
可なり進歩してゐると云つてもよいのである。


競走馬種のこと

 英国民が、産馬に熱心で、古くから馬の改良進歩のために、競馬を創設して、優良種の
撰択育成に努力した効果は顕著で、英国の競走馬種即ちサラブレツド種(純粋育成種の意
味)の能力は、世界に冠絶してゐる。

 世界各国の競走馬は、みな英国からサラブレツドを輸入繁殖したものであつて、日本の
競馬も、亦日本産サラブレツド種に依つて行はれてゐるのである。これを内国産サラブレ
ツドと云つてゐる。

 サラブレツドは、英国人が世界の名馬種たるアラブ馬を基礎として、作り出した馬種で
あるが、今ではその競走能力に於て、はるかにアラブ種を凌駕してゐるのである。

 しかも、競走馬の血統は、人間の血統よりも、明細に分って居り、英国のサラブレツド
は、十八世紀の初期、英国に輸入されたバイアレイ・ターク号、ダアレイ・アラビアン号、
ゴドルフイン・アラビアン号と云ふ三頭のアラビア馬から、発生してゐるのであつて、い
かなるサラブレツドも、この三頭の中の一つを祖先に持つてゐるのである。

 日本の競走馬は、北海道、日高十勝、岩手県の小岩井農場、下総の宮内省御料牧場、及
び鹿児島から主に出てゐる。近頃は、下総御料牧場の馬と、岩崎家で経営する小岩井農場
との馬が、常に競馬場裡に、鎬をけづつて争つてゐる。御料牧場には、十万円の種牡馬ト
ウルヌソルが居り、小岩井には、英国のダアビイで三着したシヤンモアが居る。今年の目
黒のダアビイでは、トウルヌソルの仔が、一着及び三着を占め、シヤンモアの仔が、二着
であつた。

 日本の競走馬の価格は、七八千円から二万円前後である。今年の目黒のダアビイは、最
後の登録に七十二頭残つたが、出走したものは、十九頭だつた。平均一万五千円位の馬七
十二頭が、わづかに二万五千円の一着賞を争つてゐるわけで、娘一人に婿七十二人であつ
て、あまり率のよいものではない。

 今年死んだ濠洲の名馬、フアア・ラツプ号は一代の裡に、賞金を六十万円以上稼ぎ、米
国のギヤラント・フオツクス号も亦六十万円以上稼いだ。しかし、日本では、近代の名馬
と云はれたナスノ、ハクシヨウ、ハクリユウなどでも、その賞金獲得高六、七万円に過ぎ
ない。

 しかも一万円乃至二万円の馬でも、生き物であるし、激しい調教のために、脚部腰部等
に故障が起りやすく、殊に前肢に起るエビハラと云ふ疾患は、致命的で、どんな名馬でも
エビハラが起ればそれまでである。しかも、十頭に二、三頭位は起るのである。だから、
馬を持つことは、一つの趣味道楽である。

 しかし、日本の競馬は、かうして競馬倶楽部員が、各自購入した馬が、(これを呼馬と
云ふが)出走する以外に、抽籤馬と云ふものがある。これは、倶楽部が、十五頭乃至二十
頭の馬を、まとめて購買して、一頭七百円乃至千二百円で、会員に、抽籤で分配するので
ある。この中には、一頭六七千円の馬も交じつてゐる。抽籤馬は、抽馬同志で競走するこ
とになつてゐる。だから、よい馬を抽けば、わづか七百円位の出資で、三四万円の賞金を
獲得することが出来る場合もある。然し、悪い馬が当れば、一勝はおろか飼馬料まで加へ
て損失である。

 競馬は、馬の改良進歩に、絶対的に必要なもので、サラブレツド種はあらゆる馬種の改
良の基礎となるものである。馬車を引く中間種、軍用馬に使はるるアラブ馬なども、サラ
ブレツドを交配することに依つて進歩するのである。

 その上、サラブレツドの産出が盛んになれば他の馬種の産出も従つて盛んになるのであ
る。日本で一時馬券が禁止された当時、競馬が衰徴すると同時に、産馬界は、惨憺たる悲
風に襲はれたことがある。

 尚、競馬に出走する馬は、サラブレツドの外、アングロアラブ種(アラブにサラブレツ
ドを交配したるもの)アラブ種、内国産洋種(外国から輸入したる馬にして血統不明のもの
を洋種と云ふ、その仔が内国産洋種である)中間種(トロツター、ハクニイ等主として挽車
用の馬である)等である。

 アラブ種は、主として抽籤馬として奨励され、アラブ系抽籤馬競走が設けられてゐる。

 日本古来からの馬は、サラブレツドを幾代も交配されたものが、サラブレツド雑種とし
て、わづかに出走するだけで、ほとんど問題にならないのである。

 中間種は、軽車を曳いて競走する。繋駕速歩競走と云はれてゐる。レースの距離は、一
六〇〇米、一八〇〇米、二〇〇〇米、二四〇〇米、稀には三千二百米もある。一六〇〇米
は丁度一哩である。

 一八〇〇米のタイムは、優良馬で、一分五十五秒台であり、二〇〇米十二秒二分ノ一か
ら十三秒二分ノ一位で走る。


馬券のこと

 競馬には、馬券がつき物である。馬券なしには、競馬は成立しない。

 馬券は、日本の法律で許されてゐる唯一の賭事であらう。

 Lucky in love , unlucky in gamble.(恋愛に運よければ、賭に運わるし)と云ふ諺があ
るが、恋愛と賭事とは、人生に於ける二つの慰安であらう。

 英米諸国では、賭事を罰する法規などはないのに、日本だけでなぜ之を罰するのか、当
人同志が承知で、金銭を賭してゐるのに、なぜ国家が口出しをしなければならないのか。
道徳的にも賭事がなぜわるいか考へられない。さう云ふ疑問を牧野博士に云つたら、同博
士も、うなづいて居られた。日本の立法者の主意は、賭博にふけつて、正業を営まない者
を戒しめる趣意であらうが、それならば、(賭博を職業とする者を罰する)意味の法律にす
ればいいと思ふ。野球勝敗の予測、麻雀、弄花、ポーカーなどに、友達同志が、少しの金
銭に賭して、勝負を面白くすることがなぜわるいか、どうも自分には分らない。

 英国人が、嘘のつきつくらをしたら「俺は、一生賭をしたことがない」と云つた男が一
等であつたと云ひ、水夫二人が難船し、やつと鯨の背に泳ぎつき、ホツと安心すると、一
人がポケツトから、サイコロを取り出して、(サア一丁行かう)と云つた話。賭事は、人生
に於ける最も刺戟的なロマンチツクな行事である。

 ロマンスと云ふ意味を、ある学者が、(人生の目的が即座に成就するが如き幻覚をいだ
くこと)と云つてゐるが、この頃の現実生活で、さうした夢がどこに求め得られるか。苦
悩退屈の現実生活の憂を、忘れるのは、麻雀で満貫が成就され、競馬で大穴を取つた瞬間
などではないかと思ふ。

 現実生活が、逼迫すればするほど、かうした人生の逃避所や人生の別世界は、ゼヒ必要
である。

 しかし、競馬は賭事ではあるが、純然たる賭事ではない。所謂「偶然の輸贏に金銭を賭
する」ものではないのだ。それは、レースには原則として強い馬が、必ず勝つからである。

 五頭乃至十頭の出馬中、その第一の優駿を鑑定して、それに投票するので、サイコロの
目に張るのとは雲泥の違ひがある。鑑定眼の秀れてゐるものが勝ち、然らざるものが敗れ
るのである。競馬の勝負には、偶然など云ふものは、滅多にない。速力のある強者が勝つ
のである。それを事前に、判断して、その正確なる判断に対して酬はれるわけである。

 しかし、馬の強弱の判断は容易でない。一に血統である。良き父母の仔は必ずいいので
ある。人間のやうに、不肖の子など云ふことは、稀である。走しつた馬の子、弟、妹は大
抵よく走しるのである。二には、馬格である。その顔、くび、後躯、四肢などが理想的体
型に近いかどうかの判断である。三には、従来の成績である。初て出走する新馬に就いて
は、練習の成績である。四には、その日の馬のコンヂシヨンである。五には騎手の巧拙で
ある。八九分までは、馬の力であるが、アトの一分二分には、騎手の技倆が左右するので
ある。

 しかし、四五頭稀には、十数頭(二十頭が制限)出走する各馬に就いて、その凡てを知り
尽くし、これを比較研究することは容易でない。従つて、各人に依つて、判断を異にして、
人気が分れるのである。

 しかし、馬券を買つて、得をしてゐるフアンなどは、殆どないと云つてよい。それは一
枚の馬券二十円につき、一割五分即ち三円差し引かれるのである。百円買へば、十五円で
ある、昨年度日本全国での馬券の売上高は、五千四百万円以上である。即ち、その一割五
分八百万円は、差し引かれてゐるのである。競馬フアン全国に、一万人居るとして、一人
前八百円である。二万人としても四百円である。この税金を払つて、しかも儲けようとす
ることが、いかに至難であるか分る。しかしこの金は、馬の改良生産奨励、及び救護法の
財源に使はれるのであるから、あきらめがつくと云ふわけである。その勝負が男性的で、
何等の情実を許さず(公認競馬のレースには、八百長などは絶対にない)と云つてもよい。

青天白日の下、若草萌ゆる芝生の上、紅紫青白とりどりの服色美しく、栗毛、鹿毛、青毛
の名駿が、ここを必死と、大地を蹴って疾駆する情景は、他のスポーツにも容易に見られ
ぬ壮快味があると思ふ。しかも、自分が、十数頭の中から、人気に囚はれず、この馬こそ
と鑑定した流星栗毛の一頭が、スタートに恵まれざるにも拘はらず、最後のコーナを廻る
や否や、必死の追込みで、前行する馬群を牛蒡抜きにし、ゴール直前、先頭の馬を屠つて、
鼻だけ勝つたときなどの痛快味は、他の如何なる方面でも、味はれない。スポーツの見物
は、愉快であるが、競馬はその勝敗に利害関係を打ち込んで見物出来るのであるから、一
層愉快であるのは、当然であらう。(昭和七年八月「中央公論」所載)


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