01 あ、と言う間も無くいきなり根元まで飲み込まれて、軽く声を上げそうになったのをソウルは辛うじて堪えた。 下肢に顔を埋めたキッドの、頬の内側で先端が擦れる。伝わる刺激もさることながら、「恋人が、自分のものを咥えている」という視覚的な興奮は絶大で、半ば勃ちあがりかけていたソウルの分身は、一気に臨戦態勢までもっていかれる。 温かくぬめる咥内の感触がダイレクトに伝わってきて、ぞくぞくと背筋が痺れたのもつかの間。喉の奥を刺激されたか、咥えこんでいた口を離したと思うと、顔を背けキッドはむせるように咳込んだ。 「えっと、……そんな、無理すんなよ?」 ぶるりと背を震わせ、できるだけ平常心を保った声でキッドを気遣ったソウルに、なぜか睨みつけるようなきつい目線が返ってくる。 (……うあ) 但し涙目であったことが、恐らく本人の意図とは逆の効果を齎した。涙で濡れて潤みを帯びた瞳で見上げるさまに、ソウルの理性がぐらつく。あまつさえ、もっと泣かせてみたいなどという嗜虐心さえ煽られて。 勘弁してくれ、とさりげなく目を逸らす。いつもならば情動の赴くままそうしていただろう。けれど今日に限ってはそういう訳にもいかない。どうしたことだか妙にやる気を見せる恋人が、今この時は大人しくしていろと彼に命じた所為だ。 気を紛らわすため頭の中で素数など数えるソウルに気付いた様子もなく、「大丈夫だっ」とキッドが少し苛立ったような声で言う。 「……今のはちょっと、その。……焦っただけ、だ」 もごもごと何か言い訳のようなものを呟いて、小さく一つ咳払いをする。 「キッド、」 「……いいから!」 俺の好きにさせろ、と言いながら横髪を軽く、耳にかける。 唇から小さく覗いた舌の赤さがやけに妖艶だ、とソウルがぼんやりと考えたのもつかの間。 「――……ッ!」 熱い舌が押しつけられ、根元からゆっくりと舐め上げられて思わず息を詰める。 咥えながら扱く、という手法は技術的に難しいと判断したのか、キッドは唇と舌の動きで相手を責める方法を選んだようだった。 裏側の血管のうねりを辿り、ちろちろと舌先で刺激を与えた敏感な先端を、時に咥内に含んでは軽く歯をたてる。 その舌使いは比較的稚拙なものであったけれど、基本的に口腔奉仕というものは、それによって得られる肉体的刺激だけを目的としたものではない。『そんなはしたない事をさせている』という精神的愉悦が快楽に変わるものだ――という事を、まさに今、身を持って知ることになったソウルは快感の波に揺られながら、キッドを見詰める。 ちゅ、ちゅ、と響く濡れた音が聴覚を煽り、たどたどしく、しかし懸命な舌づかいで奉仕に耽る表情が劣情をそそり、そして絶え間なく行き来する柔らかな唇と舌とが直接的な刺激を送りこんでくる。 「――く、」 雁首を、窄めた唇で引掻く様に刺激されて、微かに声が漏れ出た。 一瞬動きを止め、上目遣いにソウルを見たキッドは、得心したとばかり、同じ個所を執拗に責める。極めて飲み込みの早い彼の恋人は、反応がある所が即ちウィークポイントなのだと、正しく理解しそして時折変化をつけながらの反復練習を重ねていく。 「……は……っ、…ぅ、く」 腰のあたりに生じた重たい熱が、駆け上ってくるのを必死で堪え、ソウルは目を眇めシーツを強く握りしめた。耐え切れず時折吐息に混じる声音に気を良くしたのか、キッドの金色の瞳が悪戯な猫のように細められる。そんな仕草ひとつでさえ、今はひどくエロティックに思えて仕方ない。 やがて、ちゅぱ、と水音を残して口を離したキッドが、濡れた唇を拭っておもむろに膝立ちになると、ソウルの身体を押しベッドへと沈める。 「え? ――ちょ、おい」 何をされるのかと一瞬警戒したソウルの腰の上に、有無を言わさずキッドが跨る。どうやら今日の彼はひどく積極的らしく、今度はその口腔だけでなく身体全体でもって、恋人を飲み込むことにしたらしかった。 「いや、待てって……だって、まだ、」 戯れに弄った程度で、まだ充分に慣らしてもいないというのに。 言いかけた言葉は、キッドからのキスで塞がれた。 一度離れ、熱の籠った目でソウルを見詰めたキッドが、再び唇を寄せてくる。舌を絡めあい、唇を吸いあって、唾液を交換するような深いくちづけを交わすうち、重ねた唇の隙間から、甘く吐息が漏れた。 身を離した互いの唇の間に、つ、と銀糸がかかり、消える。 じっとしていろ、と掠れた声で言ったキッドを見上げれば、白い肢体は上気して桜色に染まり、既に汗ばみ始めていた。 熱心に奉仕を施しながら同時に彼もまた、高まりを覚えていたのだとしたら、――なんて淫らな身体だろうか。 そう考えただけで、ごくりとソウルの喉が鳴る。抑えつけられている腰が震える程の欲情を覚える。 跨った痩身が、僅かな逡巡のあと、張り詰めたソウルの中心に指先を添え、自らに宛がう。 「ぅ、…ぁああ、……ッ」 声を抑える事は困難だった。卑猥な粘着音を響かせながら、起立した自身が飲み込まれてゆく感触に、なにより恋人自ら腰を落としていくその扇情的な光景に、脳がくらくらと揺れる。 「……んん、ん……! ぁ、あ」 全てを受け入れ、ふるりと身を震わせ背を逸らしたキッドの、喘ぎにも似た悩ましい吐息。否が応にも煽られて身を起こそうとしたソウルは、またしても睨まれ、結構な力で身体を押し返された。 ベッドのスプリングが彼の体重を受け止めて軽く撓む。そのまま肩を押さえつけるキッドの手が、言う事を聞け、とばかりに爪を立てた。 「う、ごくな……と、言ってる……!」 「えー……?」 「いい、から……じっとして……いろ、」 恋人の言葉に渋々従って、再び身体の力を抜いたソウルは、しかしやや不満気に鼻を鳴らした。 殊更緩慢になる言葉遣いにすら、色気を感じてしまうというのに。……じっとしていろ、だなんて、なんの拷問か。 自身の体内で質量を増したものを感じ、キッドは少しだけ眉を寄せたが、やがてソウルの腹の上に手を付き、ゆっくりと腰を持ち上げる。 「く、ぅあ、……ん、あぁあ……っ!」 受け入れたものがずるりと抜け落ちる、その寸前まで引いた腰を再び落とす。はぁ、と浅く繰り返される息遣いが荒くなる。苦悶によって漏れ出た声は、次第に高く上がるものへと変化してゆく。 甘い声を上げながらのゆるやかな抽送は、けれど繰り返すたび悦いところを擦るのか、金の双眸はうっとりと揺れ、しどけなく開いた唇からは濡れた嬌声が絶えず零れ落ちる。 「ゃ…あっ────ぁあ……んっ」 紅潮した肌の上で汗が玉を結ぶ。顎を伝う雫を、指先で拭ってやるとそれすら気持ちよさそうにキッドが目を細める。湿り気の移ったソウルの指先を、口に含んだかと思うと、先程の口淫を思わせるような動きで舐め上げ、軽く甘噛みする。浮かべた笑みは子供のような無邪気にも、娼婦のような淫蕩さにも思えて、ソウルはぞわぞわと欲情を掻き立てられた。 熱い。零れる吐息、触れ合う肌、何もかもが熱い。情欲はとろりとした熱となって身体中に蟠っている。自身を包む内壁が時に淫らに戦慄き、圧迫感を与えてくる度、もっと強く、もっと貪欲に、ひたすらに快楽を追い求めたいという衝動が、押し寄せては引いてを繰り返す。 こんな扇情的な光景を見せつけられて、それでいてこの、もどかしいまでの緩やかな刺激。 燻る快感に耐えながら、それでもソウルはキッドの望むとおり、自らの欲動を抑え込み彼が動くままに任せていた。 (しかし、なんつーか……大丈夫、かね) ゆらゆらと頼りなく揺れる細腰を、支えるように手を添えれば、キッドの上体がガクンと揺れた。 身体を支えていた肘が崩れて、銜え込んだ状態のまま胸に倒れ込んできたキッドの身体を受け止める。常ならば、陶器のよう滑らかでひやりとした肌が、今は蕩けそうな熱を持っていた。 「っと。だから、無理すんなって」 「無理など……、」 していない、とキッドが言い終わる前に、その頬を撫でたソウルが唇に軽くキスを降らせる。 「……いや、ゴメン。もう俺が無理。……限界」 言うが早いか、くるりと体勢を入れ替えて、ソウルはキッドの上に覆いかぶさった。 「え? あ……ソウ、や、待、ああっ、あ、ぅああぁっ」 現状を把握するより先に、激しく腰を叩きつけられて、キッドが一際高く声を上げる。 焦らされた分、抑制が利かない。細い腰を掴み闇雲に揺する。突き入れるたび、深く繋がったそこが卑猥な音を立て、弱い部分を擦り立てられたキッドが、悲鳴のような嬌声を上げた。 「あっく、ッう、ん、……ひぁ、ぁぁ!」 激しい抽送に白い咽喉を大きく仰け反らせ、身体中をびくびくと波打たせて快楽に打ち震える。 揺さぶられながらも次第に自ら腰を揺らし、切なく喘いで身をくねらせる。声を抑える事も忘れて恋人の名を呼ぶ、それはいつものキッドには見られない媚態だった。 「ああ、あ、あ! ソウ、ルっ」 悦楽に息を乱し、さらなる刺激を求めながらも、消すことのできない羞恥に肌の熱を上げる。淫乱で、そのくせ脆い身体に、身震いするほど欲を煽られる。 全身をむらっとした熱に包まれ、絶頂の前兆に息が上がっていく。強く突き入れたと同時にキッドの身体が大きく震え、きゅぅっと絞り込むように強く締め付けられて、たまらずソウルは自身を解放した。 「う、ああぁ、…か、はっ……!………っは、……はぁ」 爆発的な快感が背骨から頭頂を突き抜けたあと、余韻が波のように全身に広がっていく。体を支える腕が震える。収まらない興奮の中、ぜいぜいと背中で息をするソウルの下で、キッドが小刻みに身体を震わせている。互いの腹の間で、触れられていなかった彼の中心が未だ熱を持ったまま、蜜を零し続けている。どうやら、射精もせずに達したらしかった。 「――……、」 忘我の表情で微かに口を開閉させ、何かを言おうとするキッドの、目尻に滲んだ涙が流れ落ちる。その軌跡を唇で拭い、ソウルは未だ震えの止まないキッドの目蓋に、愛しむように口付けた。 |