AFFAIR


01

「お前、キスってしたことある?」
 何の前振りも無くそんな話を振られて、キッドは眉を顰めた。
 いきなり何を言い出すんだ、と視線で疑問を投げかけると、ソウルは何かを考えるように首を傾げ、「別に、ただなんとなく」と全く無益な答えを返してきた。ただの興味本位というわけだ。

 先程までついていたテレビの影響か、とキッドは口紅のCMに出ていた女優をぼんやりと思い出した。
「したことは、ないな」
 そういうお前はどうなんだと返すと、俺もないけど、とソウルはつまらなそうに言って。
 一瞬の沈黙のあと、とんでもない事を言い出した。
「試しに、してみねえ?」
「…言っている意味が判らん」
 何を試すって。誰が。誰と。
 言葉の意図を測りかねているキッドに、ソウルは悪びれる様子もなく俺とお前が、と軽く指差して言う。
「試しにキスしてみないか、って」
 何を馬鹿な、と返そうとして、キッドはある事に気付いた。
 そうか、今日は4月1日だ。エイプリルフールの嘘というわけか。

「別にいいぞ」
 ならば乗ってやろう。珍しくそんなことを思う。
 日ごろからリズに、お前はユーモアを解さないだの、融通が利かないだのと言われているのを、多少は気にしていたからかもしれない。
「え、マジで?」
 話を振った張本人が目をぱちくりとさせた。
 まさか本当に乗ってくると思わなかったのだろう。裏をかいてやったようで、少しだけ気分が良い。
 さて、ここからどうするつもりなのか。
 嘘に決まってるだろと言うのかと思ったら、ソウルは数秒の思案の後、まあ、お前がいいなら、と若干の困惑を見せながらキッドに向き直った。

「んじゃあ、とりあえず目瞑れよ」
「何故俺が、目を瞑らなければならん」
 純粋に疑問を口にするキッドに、なんでって言われても、とソウルは眉を寄せる。
「キスってそういうもんじゃね?」
「…そうなのか?」
 沈黙。
 何しろ互いに未知の領域だ。
 本や人伝えに聞いたイメージでしか知らないその行為に、今そんな疑問を落とされても。
 ソウルはどう説明するべきか一瞬悩んで、諦めたように軽くため息をついた。
「まあ、あれだ、『考えるな、感じろ』ってやつだな」
 古い映画の有名なセリフだ。そういうものか、と若干納得いかないながらもキッドは目を閉じた。

 肩にソウルの手が置かれる。微妙な力の篭もり方は、緊張しているからか。
 まるで本当にキスをする前みたいだな、と他人事のように思う。
 一体どこで冗談だと言うつもりなのか。距離が近づくのが気配でわかる。
 ソウルの息遣いを感じるほどの距離。
(ちょっと待て、まさか本当に、)

「…っ」
 目を開けたときには既に、一瞬触れ合った唇が離れていくところだった。