02 わずかに一瞬、触れるだけのキスをした。 たったコレだけの接触で、心臓の音はやけにうるさいし、口の中はカラカラだ。 まあ、初めてだし、こんなもんだろ。 誰に言うでも無くそんな言い訳をして自分を納得させながら、ソウルはキッドの肩から手を離した。思ったより強く掴んでいたようで、シャツが少しシワになっている。 やべ、と思ってキッドを見るが、普段は『キッチリカッチリ』が信条の彼も、今はそれどころではないようだった。自分の姿が映りこんで見えそうなほど見開かれた瞳と、じわじわと朱が上る頬に動揺の大きさが表れていて、ソウルは少しだけ安堵する。 (俺だけがドキドキしてるとか、流石にちょっと悲しいだろ) 「な、な……な、」 しばらくの間呆然としていたキッドが、掠れた声で切れ切れに言葉を紡ぐ。 「なんの真似だ、これは……!」 「何って……キスだろ、」 何を当然のことを、と返すソウルを、怒りの色を浮かべた金色の瞳が睨み付けた。 「ほ、本当に、するやつが、あるか!戯けっ!!」 「………は?…え、いや、何言ってんだお前。自分でノっておいてその言い分はないだろ!?」 「お前の冗談に、付き合ってやったんだろうが…!」 今日はエイプリルフールだろうが、と カレンダーを指差されて、今度はソウルが言葉を失くす番だった。キスするまえのキッドの妙な冷静さと、した後の態度の落差の意味を理解する。 騙すつもりが、騙されたのだ。 ――お互いに。 (…最悪だ) 確かに最初は冗談のつもりだったが、彼の普段の言動から、たとえ嘘でもそんな切り返しをされるとは思ってもいなかった。 ああ死神様の息子さんもお年頃なのか、とか呑気な感想しか抱かなかった自分を呪った。 それでも、まるで自分が一方的に悪いみたいに言われるのは、納得いかない。 「変なところでユーモア精神発揮すんじゃねぇよ…!」 騙されたのはこっちだと反論するソウルに、最初にタチの悪い冗談を振ったのはお前だとキッドも言い返す。 「だいたい貴様は、誰とでも、あんな風に軽々しくキスをするのか!?」 「そんなわけあるか!!」 ギリ、と奥歯を噛み締める。人の事を節操ナシみたいに言いやがってああもう本当に可愛くねえな! 「好きでもない奴にキスなんか、…、」 できるか、よ、と。 勢いで言ってしまってから、自分自身がひどく動揺したのがわかった。 これでは、まるで、お前が好きだと告白するようなものではないか。 まずった、そう思ってキッドの顔を見やる。 そして、伝わって欲しくない時こそ、言葉の意味は正確に伝わってしまうものだと知った。 (ああもうマジで最悪だ…) 絶句するキッドの顔は、さっきよりよほど赤い。 「好……、え……?何、だ、」 言葉にならない言葉を発しながら、じりじりと距離を取ろうとする。二人掛けのソファだ、そんなに面積は無い。それでもさらに後ずさろうとして、キッドは肘掛から手を滑らせバランスを崩した。 「おい、危ねえっ…」 思わず支えようとして、伸ばしたソウルの手が、キッドの二の腕を掴む。 「………っ!!!」 掴んだ、そう思った瞬間に、胸のあたりに強い衝撃を受ける。ぐらりと視界が反転して、鈍い音とともに目の前に星が散った。 「……った………!!」 職人の力で思い切り突き飛ばされ、反対にソウルがソファから落ちる格好になった。豪快に、頭から。 「あ、……おい、大丈夫、か」 若干心配そうなキッドの声が聞こえる。誰のせいだと言いたいが、言葉が出ない。ガンガンと痛む頭を抱えて床に転がっているうちに、ガチャリとアパートの扉の開く音がした。 連れ立って出かけていたマカとリズ達が帰ってきたらしい。 賑やかな声が聞こえてきたのと同時にキッドは何か言いかけた言葉を飲み込み、ソファを立つ。リビングを足早に出て行く足音が聞こえた。 何やら揉めるような声がして、入れ替わりにマカが入ってきた。ただいま、と前置きしてから、エントランスの方と、リビングの床を交互に見やる。 「キッド君、凄い勢いで帰っちゃったけど、……何やってんの?ソウル」 マカの不審な視線に答える気力もなく、ソウルは頭を抱えたまま、もう何度目かわからない台詞を呟いた。 ( …最悪だ!) |