04 心のどこかで微かに期待していたはずなのに、実際そう告げられて、思考が停止する。 好きだと。それは、どういう意味で。一体、いつから。どうして今そんな事を。様々な疑問が頭をよぎり、口をついて出たのは一番間抜けな質問だった。 「…なんで?」 口にしてしまってから、我ながらだせぇと後悔する。告白を受けて、何故、なんて返答は下の下だ。案の定、キッドが眉を寄せた。 「おまえは、何にでも理由が必要なんだな」 好きになるのに、理由なんか要らないだろう。なんでもないことのように言って、小さく溜息をつく。呆気に取られたような顔で自分を見つめ言葉を失っているソウルに、大体、とキッドが言葉を続ける。 「なんで気付かないんだ。…好意を持ってもいない相手に、髪を触らせたりしない」 まして素人に髪を切らせるなど、相当の信頼がないとできない、と。そう続けるキッドの表情は、少し怒っているようにも見えた。 え、でも、変だ。 混乱した頭が、シンプルな事実を否定しようとする。これは一体なんの冗談だ。俺をからかっているんじゃないか、とか。そんな事をして、キッドの得になることなど何一つありはしないのに、どうしても信じられない。 「だってお前、俺が触るといつでも機嫌悪かっただろ!?」 「人の気も知らないで、無遠慮に触れてくるからだろうが!そのくせいきなり口付けようとしたり、髪が好きだと言ったり一体何を考えてるんだ、お前は?」 「く、…」 先ほどの自分の行動を指摘されて、言葉に詰まる。そうだ、どう考えてもあれは、キスしようとしていたとしか思えない。 …もしここで、何も考えてなかった、なんて言ったら今度こそ手加減ナシのキッドチョップをお見舞いされるんじゃないだろうか。 いっそお見舞いされれば、これが夢か現実か判断がつくかもしれない。そんな事を思いながらも、キッドの発言に引っかかりを覚える。 「髪って、………何で」 いつ自分がそんなことを。言いかけて、思い当たる。キッドがシンメトリー病を起こしかけた、あの時だ。 俺は好きだぜ、その、髪とか。 どさくさで、そんな事を言ってしまった、ような気も、する。 意外に早く治まった発作と、口篭るキッド。それも全て俺のせいだって言うのか?なんてことだ。 思考を整理しきれないでいるソウルに、呆れたようにキッドが再び溜息をついた。 「…お前が好きなのは、髪だけか?」 明らかな意図を含んで問いかけられ、知らず俯いていた顔を上げる。 自分でさえ気が付いていなかった感情まで、とっくに読まれている。 それでも、その瞳が湛えるのは、少しばかりの不安。 思い悩んでいたのは自分ばかりではないと、気付かされる。どう答えるべきか躊躇っていると、先にキッドが口を開いた。 「お前が、おかしな事ばかりするから、だ。…でなければ」 言葉が途切れる。でなければ、言うつもりなどなかった。言外にそう告げて、それでもキッドは真っ直ぐにソウルを見つめた。 答えを求められている。…もう殆ど、分かっているようなもんだが。ソウルは自らの空回りさ加減を思い、少しばかり自己嫌悪する。 「……なんか、バカみたいだな、俺」 「そうだな」 「即答すんな!」 軽いやり取りに、キッドの表情が少しだけ和らいだ。 悲しい顔をさせたくない。そんな事を、ふと思う。 見つめ返した金色の瞳は何も語らず、ただ、ソウルの言葉を待っていた。 「………俺も」 答えなら、とっくに出ている。 ありったけの勇気を振り絞って、その思いを言葉に変えた。 「キッドが好きだ」 一瞬の間をおいて、キッドが無言のまま微かに頷く。それだけで、胸に重く立ち込めた霧が晴れる。 …なんだ、こんなに簡単な事だったのか。 しばらく互いに見つめ合って、どちらともなく笑い合った。 + 「それで?どうするんだ?」 何がだ。お前はいつも主語が足りないんだよ。そう思いながらソウルが視線を向けると、テーブルの上を片付けていたキッドが、自分の前髪を手にこちらを見ていた。いるのかいらないのか、そういう話だ。手持ち無沙汰に弄ばれていた髪は、キッチリカッチリ小さな三つ編みになっていた。変なところで器用だな、と思う。 「…もう持ってる」 あの決闘の時に切り落とした前髪を、未だに持っているのだと。今の今まで忘れていたとはいえ、思い出した以上は黙っているのもなにか後ろめたい。言うべきかどうしようか迷ったが、結局言うことにした。 言われたキッドはしばし目をぱちくりとさせていたが、やがてその金色が悪戯な猫のようにスッと細められる。 「そんなに前から、俺のことが、好きだったのか」 随分と熱烈な告白だなと涼しい顔で言われて、ソウルは今日何度目かの後悔をした。ぼんやりとした自覚はあっても、改めて言葉にされる気恥ずかしさは尋常ではない。しかもキッド本人からだ、尚更だ。 「な…ばっ…そ…」 「ちゃんと喋れ。……『何を馬鹿な、そんなわけがないだろう』、といったところか」 まともな言葉が出てこないソウルの台詞を代弁してみせて、キッドはくつくつとおかしそうに笑う。 的確に言い当てられてソウルは暫く口をぱくぱくとさせた後、漸く抗議の声を発した。 「お前、笑いすぎだろ…!」 「coolのカケラもないな」 「うるせっ」 照れ臭いのを誤魔化すように言い返して手近な椅子を引き、やや乱暴に腰掛けるとキッドから顔を背けるように頬杖をついた。頬が熱い。全身の血が顔に集まっているかのような錯覚。キッドのその言葉は認めがたく、それでいて動かしがたい真実でもあることを図らずも証明してしまい、とてもじゃないがまともに顔をあわせられなかった。 一頻り笑ったキッドが、それでもまだ堪えきれない笑みを残したまま、ソウルの銀髪に手を伸ばす。 「拗ねるな、ソウル」 あやすように髪を撫でられて、ソウルはますます憂鬱を募らせる。 くそ、なんなんだこの余裕。可愛くない事この上ない。 しかしその手を心地よく感じてしまうのもまた確かな事実で。不貞腐れてみせてはいるものの、いつ振り向いたらいいだろうかと悩み始めたところで、キッドの手が止まる。 軽く頭を引き寄せられ、何か暖かな感触が髪を掠めた。 その正体が気になって、仕方なく頬杖を外し振り向いてみると、ごく近い距離にキッドの顔がある。 髪にキスを落とされたのだと気付くまで、暫くかかった。 「カットの礼がまだだったな、と思ったんだ」 キッドの指が、機嫌を直せというように髪を梳き、その唇が薄く笑みを浮かべた。 …そんな子供騙しで満足できるかよ。 髪に添えられた手が、離れようとするのを軽く掴んで引き止めた。 「…全然足りねぇ」 少しだけ驚いたように目を瞬かせたキッドの首にするりと手を回し、明確な意志を持って引き寄せる。 欲張りだな、という囁きが、重ねた唇の間に消えた。 |