ン チハレルヤ

01

――ねえ私のどこが好き?

 極めて陳腐な、しかし女子なら一度は恋人に問いかけたくなるものらしい、問われて男子が一度は頭を悩ませるらしい、煩わしい質問の代表格。
 それが知識として持つに留まっているのは幸いなことと言っていいのだろうか、いやそれはともかく。重要なのは、そんな言葉をよもや彼女でもない、という以前に異性でさえない奴から聞くことになったこの状況だ。
 手にしたクリスマスリースもそのままにソウルは二、三度ゆっくり瞬きをしてから、その真意を探るようにじっと言葉の主を見つめた。
 当の相手はというと、作業の手を止めるでなくいつものように、目の前のツリーを彼の好むシンメトリーで、珍妙な形に整形するのにご執心だ。

 言葉無く自分を見据えるソウルに気付き、手を止め「なんだ?」と不思議そうにキッドは問い返す。その瞳には冗談めいたものは浮かんではおらず、というかこいつがそんな冗談を飛ばせるほどユーモアに溢れた奴じゃないのはよく知っている。
 マカと椿はクリスマスパーティのための食材の買い出しに出ている。拳銃姉妹はなにやらパーティグッズを物色に、ブラック☆スターも荷物持ち要因として借り出された。
 つまり、一時間後にはパーティ会場となる予定のこのアパートには、飾り付けをまかされたソウルとキッドの二人しかいない。必然的に、さっきの奇妙な質問は、自分に向けられたものになるのだが、とソウルは軽く首を捻った。

 そもそも何の話をしてたっけ、確か何気なくクリスマスソングを口ずさんだのがきっかけで、とつい数分前の記憶を辿る。ポップなメロディーラインに反してその歌詞は“聖夜に恋人に捨てられた”とかそんな内容で、そういえばリズにまた新しいボーイフレンドができたようだとか、そんな話の流れになって。
 前の男とはクリスマスまでもたなかったから、今度はいつもより念入りに猫を被っているらしい。そもそも彼女が「イブは予定あるから」と言ったから、この仲間内でのささやかなパーティは前倒しで行われる事になったのだ。
 大体あいつは惚れっぽいんだと、不機嫌を隠そうともせずにキッドが言う。それはリズが新しい恋を見つける度のことで、ジェラシーというよりは、年頃の娘を持った父親のこぼす愚痴のようでなにか可笑しくて、そして実際笑ってやったらじろりと睨まれたのだが。

 そこまではまあ普通の、なんてことのない世間話の範疇だったはずだ。
(聞き間違い?……だよな、うん)
 自分の耳より世間常識の方を信用することにして、ソウルは途切れてしまった会話を繋いだ。
「ごめん、もっぺん言って」
「……聞いていなかったのか」
 呆れたように言い放ったキッドの唇が、再びあの不可解な台詞を紡ぐ。

「お前は俺のどこが好きなんだ?」

 たかだか十五文字程度の短いフレーズが、異国どころか異世界の言葉のような響きをもって流れ込んでくる。どうやら聞き間違いじゃあなかったらしい。となれば、次に考えるべきなのはその言葉の意味で。
(どこが?どこがって、んな急に言われても、……?)
「っていうか、ちょっと待て」
 反芻した言葉の意味を呑み込んで、数秒考え込んでから結局ソウルが発したのは制止を求める声だった。
「変だろ、その質問は」
「なにがだ?」
「……え、なにがって」
 何だ、俺の方がおかしいのか。
 こと感性という点において自分がキッドよりおかしいなんて事はないはずだという認識はあるものの、そこまで心の底から不思議そうに尋ねられると流石に自信が揺らぐ。
 いやいやいや、流されるな俺、とソウルは自分を戒めつつ、散らばる思考をまとめようと慎重に口を開いた。
「前提条件がおかしいだろうが。……だいたい、」
 大体その質問は、まず自分がキッドの事を好きだというのがベースになっていて、そのうえでどこが好きかと尋ねているのだ。

「違うのか」
 煽るでもなく、平淡な彼の声が逆に焦燥感を呼ぶ。やや上目使いに見上げるキッドの瞳が、窓から差し込む陽光を受けて明るく色を変える、ただそれだけで胸の奥がざわついた。ああそうだ、この琥珀のような澄んだ金色がとても好きだ。時に心の奥底まで覗きこまれるようで、なのにそれが決して不快ではないのは。
「……違、わない……か」
 そうか、俺はキッドのことが好きだったんだなとまるで他人事のような感想を抱き、ソウルはどこかふわふわとした現実感のない頭でもう一度その言葉を繰り返した。俺はキッドのことが好きだったのか。そうか。

「それで、どうなんだ」
「……はあ」
 若干苛立ったような声で何かを急かされ、ソウルは妙な感慨から引き戻される。それが先ほどの問いの答えを求めているのだと、気付くまで一瞬遅れた。
 んなもん意識したのがたった今だってのに答えられるわけねーだろと、正直に言うのも躊躇われて、ソウルは明後日の方へ視線を逃がした。
――ここは『全部だよ』なんつって、甘く囁くべき場面なのだろうか。いや絶対に違う気がする。空気読まなさすぎにも程があるだろ、それは。
 落ち着きなく室内にさ迷わせていた視線をキッドの上で留める。容姿に関して言えば、一般的にみて整った顔立ちだとは思う。眉を寄せ少しご機嫌斜めな色を浮かべている今でさえ、その品性は失われてはいない、ただもう少し、笑ってくれれば、もっと。

 つい口が滑ったのは、そんな事を考えていたからか。

「……顔?」

 言葉が音になった瞬間もう後悔していた。たとえ正解はない問いだとしても、モアベターな解答はあったんじゃないのか。どうせ造形を褒めるならもっとパーツを、たとえばそうだ、大概の女子が自分のチャームポイントとして挙げる目だとか。誰だって瞳が綺麗だと言われて悪い気はしないだろう、ともかく目を褒めておけばハズレはない。あまりにも模範解答すぎる気はするが。

(……別に嘘じゃねーんだけど)
 だからこそとても言えやしない、と自らの矛盾に頭を抱えたくなる。年頃の男子ってやつは、変なところでナイーブな生き物なのだ。
「随分と即物的だな」
 もう何度目か、思考の泥沼に沈んでいくソウルに、キッドが少し鼻白んだように言う。
「姿形は問題じゃねぇ、とか言っていたのは誰だ」
「そりゃ、……」
 言いかけて、なにひとつ上手いフォローなんて思い付きはせず、それでも時間を置くほどに状況は自分に不利になることだけは確実で。

「しょーがねーだろ、……最初は中身なんて分かりゃしねーんだから」
 てかなんで俺はこんなに追い詰められてるんだ、と半ば反射的に口走ったその言葉に、キッドが一瞬瞠目する。何かを言おうとして口を開き、結局何も言わないままふいと窓の方へと目を逸らした。
「そう、か」
(……ん?)
 呟いたその横顔が微かに朱に染まっていたから、何かおかしなことを言っただろうかと、ソウルは先ほどの言葉を思い返す。
(最初は……最初から?)
 結果オーライとはいえなにかとても恥ずかしい事を言ってしまったような気がするが、あまり深く考えるとまた頭を抱えたくなりそうだ。
 まあいいか、と自分を誤魔化すように呟いて、ソウルはいつの間にか手を滑り落ちていたリースを拾い上げた。