ン チハレルヤ

02

 何で分かったんだ、と問いかけられて、ゲームに興じる皆の輪から外れて慎重にケーキを切り分けていたキッドの手が一瞬止まり、そしてまたすぐに作業は再開された。
「急に話しかけるな、キッチリ八等分にならんだろう」
 七人で分けるということなど想定していないらしい。その一個を巡って争奪戦になるんだろうなあと思いながらもソウルが敢えて黙って見ていると、やがてキッドは溜息とともに手にしたナイフを置いた。
「……集中できん。なんなんだ?」
「だから、……何で分かったのかって聞いてんだよ」
 俺がその、なんだ、と口の中でもごもごと言葉を濁したソウルに、意外な言葉を聞いたかのようにキッドの表情が一瞬固まった。
「そんなもの、見ていればわかる」
 眉根を寄せ、少し怒ったような口調で言う。そんなにあからさまに恋情を表に出した覚えはないが、彼の持つ魂感知能力も関係しているのだろうか。「よく見てんだな」とソウルが呑気な感想を漏らすと、その白い頬はじわりと上気し、眉間に刻まれた皺はますます深まった。
「なんなんだ、お前は。その鈍感は、わざとなのか?」
「何がだよ」
「……わからんなら、もういい」
 先程より大きな溜息をついて、キッドが再びナイフを手に取った。ソウルを完全に意識の外へ追いやって、作業を再開したその様子から、よく分からないが何かまた機嫌を損ねてしまったらしいという事だけは理解して、ソウルはぼんやりとキッドの横顔を見つめる。
 冬場の弱い陽光は厚い雲に遮られ、すでに陰り始めているというのに、確かに視界は彼を中心として明るく光を帯びて見えた。
 恋は世界を輝かせる、なんて恋愛幻想めいた言葉を思い出す。だとしたら、彼の目からは自分はどう見えるんだろうか。
(……! しまった……)
 そんな肝心な事を聞いていない事に今更気付き、そしてそんな事を今更聞けないほどの重大なミスを犯していたことにも同時に気付いて、ソウルはまたしても頭を抱えたくなった。
 “鈍感”というキッドの言葉が蘇る。そもそもキッドの口にしたあの質問は、恋という対幻想を共有しようと願うからこそではないのか。この恋が自分だけのものではないということは、既に分かっていたというのに。

 視界にすら入れて貰えない今は、とてもそんなことは確認できそうにない。もしかしたら自覚したとたんに終わりを迎える、なんて切ない事態さえ考えられて、さてどうしようかとソウルは思考を巡らせる。
(この世で一番肝心なのは素敵なタイミング、か)
 だとすれば、今必要なのは、ずれてしまったタイミングを戻すための何かだ。

「明日ヒマ?」
 ケーキをきっちり八等分にできたことで満足したのか、幾分剣呑さの薄れた表情でキッドがソウルを見上げ、『今度はなんだ』とうんざりしたような声音で答えた。
「特に予定はないが……」
「じゃ、デートしようぜ」
 さらりと言い放たれた提案に、キッドが言葉を失う。まじまじと自分を見つめる見開かれた金色に、さっきは自分がこんな顔をしてたんだなとソウルは思い返し、我がことながらその間抜けさに内心苦笑した。
「…………ずいぶんと、急だな」
 漸く口を開いたと思ったらそれか、ていうかお前に言われたかねぇよ、といういくつかの言葉を呑み込んで、ソウルはにやと犬歯を見せて笑う。
「だってさ、イブだろ、明日は」
 そこかしこが甘ったるい空気に包まれる、街中にロマンスが溢れかえる日。恋を始めようという二人に、これ以上のタイミングなんてそうはない、はずだよな?
 頼むよ神様、と祈ろうとして、どの神様に祈るべきか迷っている間に、やや俯き、暫し考え込んでいたキッドが顔を上げる。戸惑いがちに開いた唇が紡ぐ言葉は、きっと自分が想像する、そして期待するものとそう遠くはないはずだという確信がソウルにはあった。
「別に、構わない。……が」
「が?」
 一呼吸置いて、キッドがまっすぐにソウルを見つめる。思わず身構えたソウルに、ふ、とその金色の瞳が緩んだ。
「誘った以上は、きっちりエスコートを頼む」
 浮かべたやわらかな笑みに胸を撃ち抜かれる。ああやっぱり、とソウルは今度こそ自覚せざるを得なかった。そして明日こそは、間違えずに言おうと心に決める。

(俺はこいつの、笑顔が、好きだ)