02 いつかキッド君は、わたしたち二人を必ずデスサイズにすると言った。死神様の息子が直々にそう言ったんだよ、これほど信憑性の高い話なんて他にないよね! だからわたしたちはいわば『ポスト・デスサイズ』と言っても過言ではない。と思う。 決して、まかり間違っても、『デスサイズ』に手紙を届ける『ポスト』なわけじゃァない。 ああもうホントくっだんねぇ。 「あ、いた。探したぞ色男」 いつかのように顔を顰めながら振り返ったソウルの視線がわたしの顔を通り過ぎ、そのまま下へとスライドして、わたしの手にしたモノの上で止まる。 そうだよお前の予想通りだよ。 「はいこれ」 「…………何コレ」 「ラブレターのお届けでーす♪」 「マジか……」 紙束をばさりと机の上に落として、いつもの席に腰を下ろしたわたしは、いつもそうするように机の上に上体を投げ出した。頬をつけた机はひんやりとしていて気持ちがいい。 てか、手紙ぐらい自分で渡せっつーの。 ソウルがデスサイズになってからというもの、所謂パートナー申し込みレターってのが格段に増えたらしい。マカが『なんでソウルばっかり』って面白くなさそうに零していたから知っている。 わたしも別のクラスの友達からどーしてもって頼みこまれて、しぶしぶ引き受けたまではまあ良かったんだけども。 その一通を皮切りに、じゃあついでに私も私もと、どんどんその嵩が増えてこの有様だよ。もう笑うしかない。おまえらはなんだ、砂糖に群がる蟻か。 ポストマンを引き受ける駄賃代わりに貰ったジンジャークッキーを、一つつまんで口に入れる。微妙に甘さ控えめに作られたクッキーはわたしの口の中で砕け、その咀嚼音にソウルが眉を寄せた。 「図書館でモノ喰うな」 うるさいよ。キッド君と同じ事いうな。 ちなみに私が貰ったのは試作品で、完成品は可愛らしくラッピングされてあの紙束の中に埋もれている。押しつぶされて砕けちまえ、と思いながら、そのラブレターの山を纏めているソウルの横顔を眺める。 こいつとここでこうやって、最後に話したのはいつだっけか。 あの奇妙な図書館デェトは結局あれっきりで、それでもわたしは時々こうやって一人図書館を訪れては、ここで所在なく時間を潰していた。 もしも非常の召集がかかったら。 職員の動きが慌ただしい日は、そんな予感がわたしを死武専に留め、そして大抵の日は何事も起こることはなくただ失望だけを覚え過ぎていく。 いつになったら状況は動くのか。 いつになったらわたしたちは動けるのか。 先行き不透明な空気の中、いつか来るだろうその時に備えて、鍛錬だけは欠かさないで来たけど。 (武器にしておくのはもったいない、なんてさー……) わたしがそんな有難くもない評価をされるようにまでなっちまった頃、マカとソウルはついに99個の魂を回収し、魔女アラクネの魂を喰ってデスサイズになった。 週始めの全校集会でごく控えめに発表されたその事実に、先を行かれた悔しさこそ多少覚えはしたけれど。 祝福の拍手の中、一番浮かれていてもいいはずの当の本人が、ただ険しい顔で口を硬く引き結んでいたから。わたしはあの時ソウルが図書館で垣間見せた表情を思い出し、やはりこいつも同じなのだと思う。 ソウルが躍起になって世界中を飛び回っていたのも。わたしたちがキッド君以外の職人との連携を模索し始めたのも。 日々重なっていく焦燥が、諦めに変わってしまうのを恐れたからだ。 んで、その結果がコレってわけか。 「モテる男は辛いよねェ」 「だーから、違うってーの……」 ソウルはその堆く積み上げられたラブレターを、開封すべきかどうかしばらく迷っていたようだが、結局輪ゴムで纏めてカバンに放り込んだ。 「肩書きに寄ってこられても、なぁ」 うざってぇだけだと呟くソウルに、そんなもんなのかと白けた気分になったせいか。 「いーじゃん、そんだけ人から求められてんならさ」 本音がポロリ。 それだけ求められてなお、月を欲して手を伸ばすのか。 あんた、なんでも持ってんじゃん。 (ひとつぐらい、わたしにちょーだいよ) なんてことは、言わないけど。 さすがにそこまでカッコ悪い事は言えないし、わたしが一番欲しいものは、決して手放さないだろうという事も知っているから。 「人ごとだと思ってお前……」 ガシガシと頭を掻いたあとソウルは気怠く頬杖をついた。そのままわたしを軽く睨み、低く呟く。 「……余計な事言うなよ、」 誰に、なんて聞くまでもない。 それはいまはここにいない彼が、ここにいた時と同じ言葉で、わたしはまるで今があの時の延長であるかのように錯覚する。今にもキッド君が現れてわたしたちの間に座るんじゃあないか、と。 彼が帰ってくることを欠片も疑わない、彼を必ず取り戻すという確信を持った言葉。 そんななんでもない一言で、時間も距離も越えてしまうものなのか、恋人ってやつは。 ふいとソウルが顔を背けた拍子に、癖っけのある髪がふわと揺れる。 白に近いその銀髪をぼんやり眺めて、白馬の王子様ならぬ白髪の王子様ってとこか、なんて事を考えた。 結局のところ小人たちがいくら頑張って白雪姫を守ったとしても、王子様が横から掻っ攫っていってしまうんだから、世の中ってのは無情だ。 だからわたしはこいつをやっぱり好きにはなれなくて、それでも何故か嫌いにもなれない。 わたしの大切なものを奪う恋敵であり、わたしの大切なものを守る同志。 キッド君を挟んで左にわたし、右にソウル。 それは椅子一つ分の決して埋まることのない溝、好敵手としてのちょーどいい距離。 「フォーティーツーのトリプルで手を打ってもいい」 「ふざけんな」 カバンを手に椅子を立ったソウルが、ポケットに手を突っ込み中の小銭を確認したのをわたしは見逃さなかった。肩越しに振り返り、「せいぜいシングルだろうがよ」とか言っちゃうあたりやっぱり甘い、甘すぎる。 きっとキッド君のこともこんな風に、いやこれ以上に甘やかしているンだろうと思うとなんかすごくムカついたから。 「……んだよ」 「なーんでも」 キッド君が帰ってきたら。 ソウルとデートしたぞと告げ口してやろう。それも二回もだよ、なんて言ったら一体どんな反応をするだろうかと、想像していししと笑うわたしを眺めてソウルは僅かに目を眇め、諦めたように溜息をついたその口元は、小さく笑みの形に歪んだ。 |