GIRLS WANNA BE


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「無茶苦茶やるなァ……ったく。加減しろよ」
 少し青い顔をして、「力は男のままなんだからよ」と酔う寸前まで揺さぶられたソウルがぼやき、「悪かったってば」と答えたリズは軽く頬を膨らませた。
「おとこおとこ言うなってのっ。早く戻りたいんだよ、私だってさー……キリクの奴が、くだらねー事言うから」
「ああ、エロいのエロくないのって?」
「そうそれ。……で、どうなのさ。ソウル子さんは」
「気持ち悪ィ名前で呼ぶなっつの」
「ソウ子ちゃん?」
「一緒だ、一緒!」
 そんな話にばかり喰いついてくるからいつまでたっても戻る気配もないんじゃァないのかと、指摘した所で聞きそうもない。
「そりゃまァ。……、『考えた事もない』っつったら嘘になるけど」
 気乗りしない様子で言いながらスカートの裾をはたくソウルに、「なんだ」とリズは持論の正しさを再確認し、同時に浮上する疑問に眉を寄せた。
 ならば何が問題だというのか、と。
 問いを口に上らせるより先に、独り言のように少女が呟く。
「……んーなこと、しなくてもいいんじゃねェかって思う時もあるし、……何言ってんだろな俺。ちょ、今のナシ」
 明らかに失言だと気付いたソウルに追い撃ちをかけるように、リズはヒュウッと軽く口笛を吹いた。
「こりゃーまた。プラトニック志向?……ピュアいなぁ。お前ひょっとして、中身まだ女の子だったりする?」
「るせェな! ……ってか聞き流せよ! ……ああもうなんでこんな事をペラペラ喋ってんだ俺は……だせェー……」
 桜色の唇から魂が抜けるような溜息を吐き、“デスサイズ”なんて大層な肩書きを持っているようにはとても見えない頼りなげな少女は、頭を押さえて再びしゃがみこみ、膝に額を押しあてた。
 なるほど戻りが早いというのも複雑なもんだな、とリズは目の前の少女の、綺麗に右に巻いた旋毛を見下ろした。一刻も早く戻りたい自分と、戻りたくない彼との対比。どちらも抑圧したものは同じだというのに、おかしなモンだと思う。

(反動、っつーのかね)
 ただひたすらに純情かというとそういう訳でもなく、しかし抱き合いたいというシンプルな欲望を自ら否定して。想うが故の悩みだとするならば、繊細と言えばいいのか、臆病が過ぎるのか。
 めんどくせー奴だなと、思ってしまってからふと、だからあんな面倒な奴と付き合おうという気になるのか、と自らのマスターを思い描いてリズは苦笑する。理屈ばかりが先行して、肝心なところで不器用なあたり彼らはよく似ている、と思う。

 近似するから惹かれあうのか。そこまでは分からないし、別に分かろうとは思わない。正反対だからこそ強く結び付く自分達には、きっと分からない部分なんだろう、が。
「あんたも大概、モノ好きだよねぇ」
 少しばかりの仲間意識をもって、手を差し伸べる。神様だなんて仰々しい肩書を持った、あのシンメトリーバカにどこまでも付き合ってやろうなんて。そんなバカは自分達だけなんじゃぁないか、自分達だけでいいと思っていたのに。そうではない事が、少しだけ嬉しいのがまた不思議だ。
「黙っといてやるよ、ピュアガール。……か弱い女のコだもんな、今は」
「…………そりゃどーも」
 苦々しく言って、手を取り立ちあがる。自分を見上げるソウルの瞳の赤は以前と変わらないはずなのに、今は苺みたいに甘い色だな、と思う。舐めたら甘いだろうかと、ぼんやり考えて、リズははたと我に帰った。
 既に精神の浸食が始まっているのかもしれない。暴食、の行きつく果ては共食いだとでもいうのか? まさか。
(……冗談じゃない)
 うすら寒い想像に、ぶるりと身を震わせた。あたりの空気は肌に纏わりつくような、粘り気を帯びた熱を孕んでいるというのに。
 額に滲んだ不愉快な汗を拭い、視線を上げる。低くたゆたう煙に風の荒れる兆しを見る。低気圧、なんかよりもっとヤバいものの気配に、覚悟のうえで来たはずの足が竦む。

「あんたがさ。死刑台邸に、婿入りする気か嫁入りする気かは知らねーけど」
「……どっちもお断りだ」
 ソウルの声がさっきと同じ調子で返ってきたから、いつも通りに喋れているんだと自覚できた。その淡白な反応が、今は逆に有り難い。
「ともかく、あいつは、キッドは私にとっちゃ、……ご主人サマで、相棒で、……家族、みたいなモンだし」
 手のかかる弟のようでもあり、時に父親のように口煩い彼の事を、面影さえおぼろげな肉親よりも近しく感じていたとしても、『家族』だなんて称するのはやっぱり少し気恥かしくて。誤魔化す様に、リズは歯を見せて笑う。
「だから、ハッピーエンドを見届ける義務があるワケよ」
 この先にあるものは『幸福な結末』だと、自分に言い聞かせるように。同意を求めるわけでもなく、ただ声に出して確かめるための言葉に、ソウルが分かったような分からないような顔で、「そっか」と頷き、間をおいて小さく笑う。
「……なんだよ」
「いや。……自分だって、十分ピュアいだろ」
 女のコだもんな? と、仕返しのように言って、にやと笑うソウルの口元から、さっきまでは影を潜めていたはずの尖った犬歯が無防備に覗く。 そこにまた、『彼』への道程を見つけて、リズは不機嫌に声を低めた。
「……っさいなぁ、もう。自分だけさっさと戻りやがってムカツク。やっぱヤメ、言いふらす」
「! ――待、」
 最後まで言う前に、肩を怒らせて、妹の元へ大股で去って行くリズの後ろ姿に、ソウルは小さく溜息をつく。取り敢えずいまのパティ達に何を言っても無駄だろうし、少なくとも、この本のなかに居るうちはくだらない情報の伝達速度を気にするヒマなどないだろうが。

(戻ってからが怖ェ、……って)
 もう既に、本を出たあとの事を考えている。
 彼女が言う、『幸福な結末』を楽観的にも信じている自分に気付いて、ソウルはこそりと苦笑を洩らした。