GIRLS WANNA BE


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「……わっかんねーなー」
 呟いて、視線を上げれば通りにずらりと立ち並ぶ飯屋から、吐き出される煙が雲のように重く垂れ込め視界を遮る。
 見通しの効かない空。
 それがこのミッションの前途を示しているようにさえ思えて、リズは自分が想像以上に滅入っている事に今更ながら気が付いた。

「なにがだよ」
 しゃがみこんだままのソウルが応えて顔を上げる。
 反応を期待していた訳では無かった。案外立ち直りの早いヤツなんだ、と思ったのはどうやら間違いで、見上げる視線は少しばかり恨みがましい色が滲んでいる。ああまだ完全にリカバリされたわけじゃぁないんだなと、思いながらそれでも彼女が、いや彼が言葉を繋いでくれたことに内心安堵する自分が居る。
 ただただ黙っていると、なにかに飲み込まれてしまいそうで。
――何、弱気になってんだか)
 心に影を射す、捕らえ様のない不安と恐れの感情から目を背け、リズは頭を過ったいくつかの疑問のうち、どれをチョイスするべきかを考える。

「何で手ぇ出さないの?」
 なぁんて聞いたらまたヘコむかなぁ、と頭で考えた時には既に口に出していた。予想通り、『まだその話を続けるのか』と言いたげな目をしたソウルを、「まぁまぁまぁ」と適当にいなしながらも内心で首を捻る。
 饒舌になるのは大概にして恐怖を紛らわせたい時だが、それにしたって脳と身体がうまくリンクしていない、とどこか他人事のように思う。
 さっき『色欲』で精神を浸食されかっていた事が関係あるのか。しかしいつになったら私の『健全なるキューティクル』は戻ってくるんだろうか、っつーかこのツラってば昔付き合ったオトコにちょっと似てるからヤなんだよな、と取り留めのない無いことに思いを巡らすリズに、ひとつ大きく息をつき、ソウルはこめかみの辺りを中指で軽く押さえた。
「……か弱い少女を虐めんのはそんなに楽しいデスカ」
「誰が『か弱い少女』か。……つーか、さ。ウチのご主人さまを、どうしたいワケよ? ソウルは」
「どう……、って」
 一瞬言葉に詰まったソウルの、まだ少し赤みの残る頬に再び朱が上るのを見て取って、リズはにやりと口元を歪めた。
「あ。今やらしー事考えた」
「……てねェよ!」
「隠すことねーじゃん。不健全なる煩悩は、不健全なる男子に宿る、って言うしだな」
 大体十代の恋愛ってのは大半が性欲で構成されていて、年頃の男子なんてものは顕著に煩悩にまみれているものだと、先程『色欲』の章で体感したばかりでもある。

 そんなリズの一方的な主張に、「言わねェだろ……」とソウルは半ば呆れたような表情で返した。
「偏見もいいとこだ」
 溜息混じりに言って、膝の上に頬杖をつく。
 それこそ『男は総じてバカで、ヤることしか頭にない生き物だ』という彼女のステレオタイプな観念の顕れではないのか。
 そう反論したソウルに、リズは「いいや?」と不思議そうな顔をする。
「そんなもんだろ? 昔付き合ってたヤツはだいたい、そんな感じだったけどな」
「…………そりゃァ、また」
 なるほど彼女の経験則からくる発言なのかと、ソウルはなんとも言い難い表情で曖昧に言葉を濁した。勿論そういう類の男が一定数存在するのは否定できないが、それにしてもロクな男と関わってこなかったのだろう、ということは推察できる。

 聞けば必ずダウナーになれる、という点において、拳銃姉妹の『不幸自慢大会』には定評がある。その威力を人伝に聞いているソウルとしては、あんまりその辺りを突っ込むのは自重しよう、と思わざるを得なかった。
 ただでさえ精神に揺らぎを生じさせるこの場所で、鬱まで伝染させられてはたまらない。
(自覚がないのがまた性質悪ィ……)
 口を噤んだソウルをよそに、リズは眉を寄せ、顎のあたりに指を置いて、無い髭をさするような仕草をしながら思案気に低く呟いた。
「やっぱり、おっぱいはあったほうがいいのか……」
「……なあ。そんなにもシリアスな顔で言う必要のある台詞なのか? それは」
「大事なとこだろ、ドレが在ってナニが無いかってのは」
「そうかァ……?」
 毒気を抜かれた声を上げたソウルが、不意に吹き抜けた風に長い銀髪を押さえ、不快そうに眉を寄せる。
 別にそんなモン無くたって、と。
 かき消されそうな声が辛うじてリズの耳に届く。
「姿かたちは問題じゃねェ、ってとこ?」
 冷やかすつもりで彼の常套句を口にすると、言われた当人は浮かない表情のままその視線を地面に落とした。

 思ったよりガードが固い。
 むすっとした顔で地面を睨みつけるソウルの横顔に、どう口を割らせるべきかしばらく考えた挙句、リズの脳裏にひとつの閃きが走る。
(なんだっけな。情報を得るには……確か、「ゆさぶる」んだよな)

「……んだよ〜。暗いぞ〜? オニイサンに言ってみ? 聞き流してやるから!」
「流すのかよ、……て、っわ、揺、する、なっての……! わー、ったから、止めろっ」
 あやふやな記憶を頼りに、しゃがみこんだソウルの肩を掴みガクガクと揺らす。あれ、「ゆさぶる」ってこんなんでいいんだっけ、という不安が頭を掠めたが、それが確信に変わる前にソウルがギブアップした事で、結果的に『物理的揺さぶり』は成功し、そして彼女の勘違いは正される機会を失った。