Afternoon Repose


01

 その日の体育の授業は長距離走に充てられた。
 定められたコースに起伏は少なく比較的単調で、つまり身体と精神両面での高い持久力を求められる。故に、技を鍛える実践授業とは違って生徒のウケは良くは無い。
 けれど、口々に不満を漏らしながらも積極的にエスケープしようという生徒はあまりいない。日々の授業内容は全て必要に基づいて構成されているものであるという事を理解しているからであり、そしてサボろうものならそれ以上のキツいペナルティが待っていることを知っているからでもある。

「…………遅っそい」
 きっちり八十八分で走り終え、気分良く水分補給を行っていたキッドは、マカの若干苛立ったような呟きに、なにげなく時計に目をやった。同時に、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。既に殆どの生徒が帰還しているにも拘らず、彼女のパートナーは未だ戻らない。
「どっかでサボってんじゃねーのかぁ?」
 開始早々の高らかな宣言とともに、いち早く常人離れしたスピードで規定のコースを走り終え、同じく彼と争うようにしてゴールしたパティと砂山崩しに興じていたブラック☆スターが言う。
「うーん……実技は比較的、真面目に出るヤツなんだけどなぁ……」
「……お、戻ってきた。今日は遅かったなー、椿」
 ふらふらとした足取りで、戻った椿をブラック☆スターが抱きとめ、労わるように背を叩く。彼の腕の中で、暫くぐったりとしていた椿は、マカから受け取ったスポーツドリンクで喉を潤し一息つくと、「ソウル君、ですか」と疲労の残る声で言った。
「途中まで、一緒に走ってたんだけど……ね、ハーバー君」
 汗を拭いながら、彼女より一足早く校庭へと戻っていたクラスメイトに視線を投げる。
「私とジャッキーが、遅れそうだから先に行って、って言ったのがたしか……」
 聞けば、折り返し地点までは、武器同士数人で並走していたのだという。既に彼のパートナーとともに、引き上げかけていたハーバーは椿の問いかけを受けて足を止め、しばし考えこむような仕草をした後「そうだね」と短く返した。
「残り1/4ぐらいの所までは、ソウルもいた気がするけど」
 走りながらの雑談も疲労のためかいつしか途絶え、気が付けば、姿が見えなくなっていたという。
「トイレにでも寄ったのかと思ってたよ」
「……にしちゃ、長いし」
「今日は気温も高いから……、どこかで倒れてたり、してなければいいんだけど」


「俺が見てこよう」
 不安げに眉を寄せた椿が、キッドの言葉に振りかえった時、彼は既に、ジャージの上着に袖を通していた。
「キッド君」
「昼休みが終わるまでには、戻る」
「ああーっと、待って、コレ!」
 言って背を向けたキッドを、慌てた調子で引き止めて、マカは手にしたスポーツドリンクのボトルを投げ渡した。
「頼んだっ」
「頼まれた」
 受け取って、薄く笑った死神の息子は疲労を感じさせない軽やかな足取りで駆けて行った。
「……じゃ、ソウルの事はあいつに任せて」
 先行くか、というブラック☆スターの声に、なんとはなしにその場に留まっていた生徒達が動き出す。昼どうする、学食行くか、シャワー混んでんじゃね、てかリズどうしたんだよズル休みか、と騒がしく更衣室に向かう集団に遅れて、キッドの背中を見送ったマカが、ぽつりと呟く。

「愛かなぁ?」
「愛かもねぇ」

 応えた椿と顔を見合わせ、互いにどこか疲れたような曖昧な笑みを浮かべるのだった。