02 程なくして、ソウルは見つかった。 魂の波長を探りながらマラソンコースである林道を、駆けていたキッドの足が止まる。 「ソウル、」 木陰から無造作に投げ出された足は、死武専指定シューズを履いていた。 サボるにしてはコースから近すぎる。椿の心配が現実となったのではあるまいか、などと、微かな憂慮とともに彼の名を呼んだ、キッドの唇から洩れたのは呆れと安堵の混じった吐息であった。 (…………寝ている、だけか) 傍に屈み、ソウルの様子を観察する。波長は乱れておらず、呼吸も安定しており血色も問題ない。休憩のつもりで腰をおろしてそのまま力尽きたか。倒れ伏したというよりは、午睡を貪っているようにしか見えないソウルを、キッドは軽く揺り起こした。 「起きろ」 そのまま二、三度揺する。と、目を閉じたまま、ソウルは何かむにゃむにゃと寝言のようなものを呟いた。 「――…………、」 「なんだ? ……よく聞こえん」 「……い……、眩、」 断片的な、単語にもなっていない言葉を口にして、光を嫌うように顔を伏せた。背を丸め、また寝息を立て始めたソウルを、今度は少し強めに揺すってみる。 「ソウル。皆が心配している」 「…………」 「昼休みが、終わってしまうぞ」 「……」 「ソウル……、」 そういえば、マカが『ソウルは寝汚い』と評していたことがあったような気がするな、と意地でも起きようとしないその様子に軽く嘆息し、諦めてキッドはソウルの隣に腰を下ろした。 欅の幹に背を預けて空を仰ぐ。 抜けるように青く、雲ひとつない空。強い陽射をやわらかに遮る木陰に、流れた穏やかな風が頬を撫でる。 (――気持ちが良いな) 時刻は、正午を回った頃か。 午睡には確かに、適した場所かもしれない。だがそれも、今が就学時間中でなければ、の話だ。 まったく、と傍らで相変わらず半睡状態にあるソウルを見下ろす。マカから託されたスポーツドリンクのボトルにちらと目をやり、あるいは頭からぶっ掛けてやれば目覚めるかもしれないな、と一瞬考えたキッドは、ソウルの瞼が微かに痙攣するのを確認して、その乱暴な思考を取り敢えずは収めた。 覚醒間近なのだろう、としばらくその様子を眺めていたキッドは、やがてその瞼をほんの少し持ち上げたソウルに、「起きたか?」と問いかけた。 「………………」 状況を把握しきれないと言った顔で目を眇めたソウルと、しばらくじっと見詰めあう。 数秒の間そうしていたソウルは、何を思ったか徐に自分の頭をキッドの腿の上に乗せると、「おやすみ」と言い残して再び目を閉じた。 「おい」 「……」 「こら!」 「…………ぐーぐー」 「起きているんだろうが!」 「寝テマスヨ」 「ふざけるな」 「……いーじゃんもう……いまから急いで戻っても、タイムなしだろどうせ」 目を閉じたままのソウルが面倒臭そうに言う。 折り返し地点のスタンプはあるから、ペナルティは免れるかもしれない。けれど『記録なし』として処理されれば、再計測の可能性はある。 ああかったるい、とぼやいたソウルの頭を軽くはたいて「自業自得だ」と返したキッドは、腿の上でもぞもぞと動いた銀髪に僅かに頬を強張らせた。眉を寄せ、けれど口元は笑みに似た奇妙な形に歪む。生憎、ハーフパンツを着用しているため足元のガードは手薄だ。腿に置かれたままのソウルの頭が、直に肌に触れるその髪が擽ったいのだ。 「冷てェーの」 言って唇を尖らせたソウルは、キッドの微妙な表情に気付いてしばらく怪訝な顔をしたあと、何かに思い当たったよう悪戯な笑みを浮かべる。 「……でも膝はぬくいな」 「――ッ!」 さわりと膝頭を撫でられ、漏れかけた声はすんでの所で飲み込んだが、肩が跳ねたのは隠しようが無かった。 「な、」 「走った後のマッサージは大事だよなァー」 「ぅあ、……止さんか! 戯けっ」 怒気を孕んだキッドの制止を受け流して、リンパってどのヘンだったっけ、などと嘯いたソウルの掌が膝裏へ滑り込む。 「――く、……ン、」 到底マッサージとは言えないような触り方で、脹脛を撫でる不埒な掌に、思わず零れた声は妙な甘さを帯びている。さっと頬に朱を散らしたキッドを、見上げたソウルがにやと犬歯を見せて笑った。 その頭上にチョップを落とすか否か、振り上げて八秒だけ迷った手は結局、甘えるような眼差しに負けて、銀髪を溜息とともに軽く撫ぜただけで終わる。 「……寝るなら寝るで、大人しくしていろ」 新緑の葉の間から、時折きらきらと零れる木漏れ日が眩しくて、少し目を細める。そのままソウルの髪を梳くうち、聞こえてきた規則正しい寝息に誘われるように、小さく欠伸をしてキッドもまた目を閉じ、心地よいまどろみのなかへと落ちていった。 |