a pair of glasses


01

 指先を顎に添え、しばし何事かを思案したあとキッドは「ふむ」と小さく呟いた。
「似合うじゃないか、そういう恰好も」
「……そーかァ?」
 褒めた筈だと言うのに、返ってきた言葉はどこか気乗りのしない様子ではあった。
 キッドの視線の先には、一番上までボタンをとめた真っ白なワイシャツに赤いネクタイをカッチリと締め、Vネックのスクールベストにきっちりと折り目正しい細身のスラックス、という、普段あまり見ない出で立ちのソウルがいた。
 いつものカチューシャを外し、ご丁寧に伊達メガネまで掛けさせて。伸びすぎた前髪を止めたピンに、ややフェミニンな要素を持たせている。要は数ある死武専の制服のうちの、一つの組み合わせに過ぎないそのオーソドックスな学生スタイルを、コーディネートしたリズは「まぁこんなもんだろ」と全体像を確認した。
「どっからどー見ても、優等生な良家の坊ちゃんにしか見えない、うん」
 実にベタだけどな、と付け加え、それでも何か満足げに頷く。
「…………そりゃ、どーも」
「うんうん。とても超筆記35点には見えない」
「うるせェよ28点」
 言いながら、右手で軽く眼鏡のフレームを摘んだソウルに、「ああっダメダメ」とダメ出しが飛んだ。
「眼鏡なおす時はこうさー、」
「? ……こう?」
「そそ、中指でブリッジをくいっと押し上げる方が、嫌味っぽくてグッド」
「嫌味な方を勧めんな!」
 思わず仕草を真似てしまってから、リズの言葉に突っ込みを返して、はぁ、とソウルは疲れた溜息をついた。
「しっかし新しい制服デザイン、って……あんなに種類あんのに、まだ増やすわけか」
「死武専では生徒の感性に合わせて、多種多様な選択肢をご用意しておりますからネェー」
 二人の視線の先に、こんもりとした小さな山ができている。それらはすべて、来期入学シーズンに合わせて投入される予定の新デザインの制服だ。
『生徒の目線で最終チェックしてみるのもいいかもね〜』という死神様の一言で、死刑台邸にサンプルが運び込まれたという経緯がある。最初のうちは姉妹二人でだったプチファッションショーは、やがて偶々死刑台邸を訪れていたソウルまで巻き込んだものになった。

「まーでも男子のは細かい装飾以外は、そんなにバリエーションが……ジャケット脱いじまったらどれも、あんまり変わり映えがしねェのな」
「ジャケットを脱いでも個性を演出したい、そんな貴方にオススメの一着〜。上は一見普通のブレザー、……下は青と緑の縞々スラックス」
「うはっ。趣味悪!」
「だよなぁ」
 じゃあこれはバツでいっか、とリズが手にしたボードに何やら書きくわえる。試着した制服について、一応何らかの意見書は提出するつもりらしい。着せ替えゴッコに早々に飽きて遊びに出てしまった妹より、多少真面目にやる気なのは、死神様からの依頼でもあるからだろうか。
『男子生徒の視点からの率直な意見徴収』という名目上、いくらか付き合ってはやったが、まぁそれだけが目的ではないのだろうな、とうんざりした思いでソウルは衣類の山を見遣る。デザインがシンメトリーではない、合わせが左右対称ではないとどれ一つ袖を通そうとしないキッドよりも、『オモチャにしやすい人材』ということで引っ張りこまれたに違いない。現に、無難なデザインの物は山とあれど、試着ヨロシクと渡されたものの多くは色彩デザインともに革新的な、……微妙に感性の常人離れした、……つまるところ、最終的にはバツ印の添えられたものが殆どだったからだ。

「……いいっスかね、もう」
「あーうんサンキュー、お疲れさん。……ああ、そういやアンタらこれから『お勉強会』だっけ?」
 ネクタイを緩め掛けたソウルを引きとめ、「折角だからそのままそれ着とけば?」と提案したリズが、どこか呆けた顔で二人のやり取りを眺めていたキッドを振り返る。
「形から入るってのは案外重要なんだぜー? なぁ、キッド」
「ん? ああ……え、と。そうだな」
 急に話を振られたキッドが、一瞬の動揺を押し隠して、ゴホン、と軽く咳払いをした。
「武道にせよ稽古事にせよまず『型から入る』からな。型を知ることは基礎を知ることだ。構えずまっさらな心で、まずは模倣する、という事で物事の吸収を早くする。形から入るということはつまり、技術習得への近道と成り得る、と言えなくもない」
 尤もらしい理屈を述べたキッドが、「しかしな」とリズにじとりとした視線を送る。
「それが必ずしも良策であるとは言えない、という実例が目の前にいるからな、なんとも言えん」
 形から入った挙句の超筆記試験の結果は言わずもがな、であったリズは、主の嫌味を軽く口笛など吹いて聞き流した。
「まぁ、偶には気分も変わっていいんじゃん?」
「痛っ、……ちょ、いて、痛ェっての」
 ソウルの肩をバシバシと力まかせに叩きながら、リズはこそりと耳打ちをする。
「キッドのやつ、なーんか結構気にいってるみたいだぜ?」
「は? なにが」
「そのカッコ。……ま、精々頑張って、な」
 じゃあ私はこれで、と片手を上げて退室しようとするリズに、「待たんか」とキッドの声が掛かる。
「一人みるのも二人みるのも労力的には変わらん。折角だ、お前も一緒に勉強を見てやろう」
「……えー。私ゃまだ、馬に蹴られて死にたくねーんだけど」
「?」
「なんでも。……あー、茶がもうないじゃん。淹れてこよーっと」
 反論を待たず、ティーポットも持たずに出て行ったリズを見送って、「逃げたな」と結論を下したソウルに、彼女の主はやれやれと肩を落とした。