White Lie


04

「遅かったじゃん。何処行って……、あ」
 主の遅い帰還に、待ちくたびれたといった口調で唇を尖らせたリズが、彼の手の中にある小さなブーケに目をとめた。
「……ああ。……はー……、なるほど」
 軽く手を打ち、「そういうこと」と納得が言ったかのような顔をする。
「なんだ。案外隅に置けねーなー、キッド」
「? なにがだ」
「とぼけんなって。……で? その物好きな相手は、どこのクラス? EAT? NOTか?」
「話が見えん」
「なに取り澄ましてんだよ、つまんないな」
 怪訝な顔をしてみせるキッドを、軽く小突いたリズは、彼が手にした小さな花束を指さし、興味津々と言った風で詰め寄る。
「花とかもらっちゃってさ。やっぱアレ? ソウルみたく、呼び出されて『お返事ください』のパターン?」
「……い、や、…………これは」
 指摘され、初めてその存在を思い出したかのように、キッドはうろたえた。
 ソウルから受け取った花束を、ポケットへ仕舞うでなく、ただぼんやりと見詰めながら歩くうち、気付けば教室に戻っていた。
 年頃の少女はとかく恋愛ごと、それも他者のものにさえ敏感だ。詳細を、根掘り葉掘り聞かれる前に、どうにかすべきだとは思い、しかしポケットの左右のバランスを崩してしまう事も耐えがたく。
 自らの心情と信条の狭間で頭を悩ませ、難しい顔で花束を凝視するキッドを、不思議そうな眼で見てリズは軽く首を傾げた。
「そういやキッドも一応、チョコレートとか貰ってたっけ。なんか、ちょこっとだけ」
「キャハハハ! チョコだけに!」
「……いやいやパティ。おねーちゃん、そんなしょーもないダジャレを言おうとしたワケじゃ」
「チョコだけに、チョコっと! つまんねー♪」

 けらけらと笑うパティと、詮索を続けるリズに構わず、キッドは室内をぐるりと見渡した。当然と言おうか、マカとソウルの姿は、既にない。
(――居たところで、対処に困るか)
 自分がどちらを望んでいたのか、よく分からないまま安堵の吐息をついたキッドに、傍で同様に帰り支度をしていた椿が「綺麗ですね」と頬笑みかけた。
「プレゼント?」
「ん……、まぁ、そんなようなもの、だ」
「へぇ……。素敵ね。花に想いを託す、なんて」
「……想いを?」
「違った?」
「…………、」
 気障なところのある奴だ。それもあり得そうな話だ、と思う。
 その可能性に思い至った時、キッドは未だ治まりきらぬ動悸が、より強くなるのを感じた。
 鮮やかな、深みのある赤い色の、それはチューリップの花束。春を想わせる花、――けれどただ、季節の花、というそれだけではなくて。ソウルがそれを選ぶに至った、理由があるのだとしたら。
「知ってますか。チューリップの花言葉」
「……確か。『博愛』か『思いやり』か、」
「うん。……でもね、」
 そういった事柄に詳しいのは、女子の特性であろうか。それとも彼女の名もまた、花を示すものであるから、だろうか。まとまらない思考の片隅で、そんな事を考えるキッドに、椿の言葉が続く。
「色によって、違うの」
 予め張っていた予防線を、見透かされたような気がして。
 未だ手の中にある、シンプルな花束に視線を落とす。
 彼の瞳の色を思わせるような、赤い色をした花が持つ意味とは、つまり。
「………………知っている」
「そっか」
 いいなぁ、と柔らかく笑んだ彼女の声も、帰ろうぜと促すパートナーの声も、全てが現実味を失ってしまったかのように、遠く聞こえる。軋むような重さは既になく、けれどソウルに突かれた胸の中心が、ツキリと痛みを生じる。
 無意識に、右のポケットに仕舞った小さな花束、リボンをかけた赤いチューリップの、花言葉は。



――――愛の告白、というのだ。