01 「ん? ……来てたん?」 ショッピングバッグを両手にぶら下げ、死刑台邸の重い扉を開いたリズは、エントランスで丁度帰ろうとする客人と出くわした。 ちらと目線をくれ、「おう」だか「ああ」だか言ってふいと顔を背け、入れ替わりに玄関ホールを足早に出て行ったソウルの背中が、門扉をくぐりデス・シティの通りへと消えてゆくのを見送って、「んん?」とリズは微妙に首を傾げた。 今日って『お家deデート』の日だったっけか? 長く薄暗い廊下を歩く傍ら、考える。確か今朝がた、やけに嬉しげな様子で精一杯のよそ行きに身を包み、蝋燭の長さを整えるのも忘れかける程に浮ついた様子で、せかせかとキッドは死刑台邸を出て行ったはずだった。 (待ち合わせに遅れるといかん、――とかなんとか) なんとまあ甘酸っぱいことで、と人ごとながら照れくさい気分で、リズは確かに主を見送ったのだ。 そうは言っても、どうやら未だに甘酸っぱいお付き合いを続けているらしい二人の、健全安全好青年な範囲内でのデートだ。陽が落ちるより前に戻ってくることの方が多いぐらいだから、ソウルが死刑台邸に居たこと自体は、そうおかしい事ではない。 が、しかしさっきのあの態度は一体何なんだろうか。ロクに目を合わせる事もせず、早足の前傾姿勢で歩み去っていくソウルのどこか、焦ったような顔。 それはまるで何かから、逃げ出してきたかのようだった、と思いながら、自室に戻る道すがら主の部屋の扉を軽くノックして、開く。 「おーいキッドー。ソウル来てたん? ……ってか、帰っちまったけど」 「……そのようだな」 応えたキッドはといえば、自室の広いベッドの端にちょこんと腰掛け、ただぼんやりと床を見つめていた。 客人が帰ろうというのに、見送りもせず、だ。 明らかに普段とは違う、なにか異質な雰囲気を感じ取って、リズは片眉を上げた。 「……なんだァ? 喧嘩でもした?」 「別に、そういう訳では、」 言いかけたキッドは、一度言葉を切り、そして、はーっと疲れたように溜息をついた。 「いや。……そうだな、俺がいけなかったんだ。……つまらないことを、強請ってしまった」 「え」 「俺はただ、……もう少しだけ、……」 親密な空気が、欲しかっただけなのだが。 そんなことをぼそぼそと呟き、しゅんと肩を落としたキッドに、リズの背を嫌な予感が走り抜ける。 感じとった異質は、主のぼんやりした様子だけではなかった。常日頃美しくメイキングされているはずのベッドは、キッドの腰かけた部分だけでなく、全体的に不自然に皺が寄っている。キッドの手元には、ほどかれたニットタイが無造作に放置されている。いつでも『きっちりかっちり』が信条のはずの彼のシャツの襟元は、何故だか少し乱れている。 恋人同士二人きり、より親密になるために、することといったらそう多くはない。……この直情的なボンボンが、いったいあの魔鎌に、はたして何を強請ったというのだろうか? (聞くのが怖ェ……!) なにか、踏み込んではいけない領域へ片足を突っ込んでしまったのではないかと、掌に妙な汗がにじむ。 人の恋バナは大好物だが、身内となると話は別だ。 こと己の主の色恋沙汰について、傍観者と言う立場を貫き通してきたリズとしては、できれば関わりあいになりたくない、というのが本音に近い。あまり直接的な話は聞きたくない、事情は『なんとなく察する』程度でいたいのだ。だって一度でも詳しく聞いてしまえば、『当事者』という名の重ーーい責任を負わされるやもしれぬのだから。 先程から、彼の父上のファニーな面が、脳裏にチラついて仕方がない。 きみたちが付いていながら、とあの大きな掌を、チョップの形にして振りかぶる死神様の幻影を、かき消すようにぶるぶると頭を振って、リズは唇に強張った笑みを浮かべた。 「えーーーっと。……ちなみに、アイツになんか言ったワケ?」 ただの勘違いであればいい。痴話喧嘩かなにかの類かもしれないしな、と。一縷の望みをかけて質問を投げたリズの願いを打ち砕くように、しおれた様子のキッドが口にした言葉は、彼女の『嫌な予感』を裏付けるものでしかなかった。 「特定の事象に対して、思ったままの感想を述べたまでだ」 「何て?」 「……下手だな、と」 |