ジメテのハジマリ


02

(わっちゃあああーーーー……)
 ぺし、とリズは思わず自らの額を叩く。
 なるほど。つまりは、そういうコトなのか。
 そういうコトがあって、そういうセリフがあってのあのソウルの態度なわけだ。あーあーあー、なるほどなるほど。
 点と点とを線にするキーワードが、ばらばらのピースを繋いで頭の中でカチリと嵌った音がした。何か言葉を続けようとする主の言葉をせき止め、リズは「みなまで言うな」と話の前後を聞かずとも一人得心した顔で頷いた。

「……あーー、っと。いいかー、キッド。世の中にはなァ、例え真実だったとしても、絶っっ対クチにしちゃいけねーコトってのがあんだよ」
 渋い顔をするリズを、キッドがきょとんとした顔で見上げている。微かに憂いを帯びた金の双眸は、しかし常にそうであるように、どこまでも清廉な光を宿している。
 この残酷なまでに澄んだ金の瞳が、あの魔鎌の心を無邪気に抉ったのだろうかと、リズはソウルにほんの少しだけ同情した。
「……だいたいさー」
 言いながら、少し頭痛のしはじめた頭を軽く押さえる。ああまさか、世間知らずのボンボンに、こんな話をする日がこようとは。
 はたしてそんな事までが彼女らに与えられた役割なのだかどうか、あまり深く考えることもなくリズがキッドに向かい合ったのは、姉と言う立場上もあってか、彼女が基本的に世話焼きな気質を有している所為かもしれなかった。
「ハナっから上手くできるヤツなんか、そうそういないって」
「ああ……そういうもの、なのか?」
「そーいうもんなの。……しかもあれだ、その、ノーマルならともかく……」
「?」
 ごにょごにょと語尾を濁したリズに、キッドがかくんと首を傾けて疑問を示す。
「ノーマル?」
「あー、いや。……ほら、その、なんだ。あ、あいつもきっと大変なんだって。なにせ相手が神様ときてるしだな、」
「俺が死神だということと、なにか関係があるのか」
「まー、無いこたないんじゃないかと……」
 曖昧に言いながら、いやどうだろう、とリズは首を捻った。そもそも死神と自分達武器、というか人間との間に、一体どの程度の身体構造的差があるのだろうか?
 ベッドに腰掛けたままのキッドの襟元から、覗く白い喉元は未だ性差を感じさせず、どこか中性的にも見える痩身は、見ようによっては人形的な美しさだとも言えなくはない。
 けれど、リズは知っていた。あの魔鎌にしたって、よもや分からぬはずはないだろう、と彼女は思う。目の前の少年が、見た目のままの存在ではないのだと言う事を。陽に焼けることを知らぬ白く透ける肌、その皮一枚隔てて内側は自分たち人間と全く異なるもので構成されていたとしても、なにか得体の知れぬものが蠢いていたとしても、なんらおかしくはないのだということを。
 魂を重ねるパートナーであるからこそ、敢えて踏み込まぬその深淵を、けれど埋めずにはいられないのはやはり、彼らが未来の主従ではなく『恋人』という関係性を選び構築しようとするが故、なのだろうか。
「……ま、穴があったら埋めたいモンだろうしなァ。男ってな」
「…………? ……なんだ、さっきから言ってる意味が分からん。きっちりかっちり話さんか」
「あーーーいやいや、その。……ともかく」
 ごほん、と一つ咳払いをして、生々しくなってしまいそうな想像を慌ててかき消す。
「最初ってぇのは、みーんなそんなモンなんだって。期待し過ぎるからガッカリすんの、……うっさいな。私のことはどーでもいいだろ、今は。大事なのはさ、なんつーのかね。そうお互いの、歩みよりっての?…………」


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「……ともかく。その話、他の誰にも、……特に死神様には絶っっ対するなよ。いいな?」
 でないと私の魂がヤベェから! と念を押すリズに、分かったような分らぬような顔でキッドは頷いた。
 彼女の背を見送り、バタンと自室の扉の閉まると同時に、キッドはまたひとつ、長い溜息をつく。



「ふむ。……ネクタイひとつ結ぶにしても、大変な美学が存在するのだな……」