愛症候群(その発病及び傾向と対策に関する一考察)


01

「恋についての話なのだが」

 ガコン、と缶が落ちる音で我に返る。さっきまで、何を買おうかと迷っていた指が、かけられた言葉の衝撃で選ぶより前にボタンを押していた。背を屈め、のろのろと自販機の取出し口を覗きこんだソウルは、「げ」と短く呻いてショートサイズの缶を手に取った。
「濃い……」
 手の中にあるのは、『おしるこ』との日本語が描かれた缶だ。缶で汁粉が飲みたいと思うほど、糖分に餓えているわけではなかった。かといって、珍しいドリンクに対するチャレンジ精神からそれを選んだのかと言われると、それも違う。純然たる押し間違いの結果に過ぎなかった。
 そしてそれを誘発した元凶、自販機より少し離れて立つ死神様の一人息子は、ソウルの言葉にうんうんと頷いてみせた。
「そうだ。恋、だ」
「………………はァ」
 溜息か、返答か分からないような声を洩らしたソウルに、キッドは軽く片眉を上げる。
「なんだ?」
「いや、……なんでも。……で、相談ってその、恋がどうしたこうしたって話?」
 缶入り汁粉をキッドに投げ渡しながら、言って再度自販機に向き直る。恋バナといやリズ関係か、まさかパティってことはないよなァ、などと考えつつもう一枚硬貨を投入する。定番の、Mountain DeathとDeath Pepperが普通のとダイエットでそれぞれ一種類。今は季節柄か、コーヒーやココア等のホットドリンクも充実している。ラインナップは生徒の要望に応じ随時一新されているらしい。
 いつからそこに加わったのか、最下に並ぶ「おしるこ」のボタンから目を背けつつ、俺は何が飲みたかったんだっけ、とソウルは指を迷わせる。
 コーヒーか。そうだな。クールな男はブラックだ。
 実のところさして拘りないもくせに、そんな事を考えながらボタンに指を伸ばしかけたソウルの背後から、「ああ」と少し抑えめなトーンでキッドが呟いた。

「俺はどうやら、…………恋を、してしまったようで」

 ガコン、と再び取り出し口に落ちた缶に手を伸ばす。熱いぐらいに温められた缶を、持て余し気味にしているソウルを見遣って、キッドは少し意外そうな顔をした。
「随分、気にいっているんだな?」
「…………ああ、うん」
 ソウルの手の中には、先程キッドに投げ渡した缶と、全く同じものがある。
「マイブームでね」と乾いた笑いを漏らし、『おしるこ』とプリントされた缶を、軽く振ってからソウルはプルタブを押し上げた。