EARLY IN THE MORNING


01

 前日の夜が冷えたせいだろう。放射霧が遠くの空に映え、地面にはうっすらと霜が降りていた。人の姿もなく静まりかえった公園。きんと張り詰めた早朝の空気を胸に満たし、静かに吐き出す。到着までに、ウォーミングアップは済ませた。身体は程良く暖まっている。

「よし」
 身長の倍ほどもある鉄棒を選び、たっ、と軽く跳躍してキッドは両手でぶら下がった。腕の曲げと背中の引きで体を持ち上げ、下ろす。ゆっくりと息を吸いながら、バーを鎖骨に引きつけるイメージで体を上げる。顎の高さにきたら、息を吐きながら元の姿勢に戻る。回数よりも負荷を意識した、地味で地道なその運動を呼吸を乱すこともなく、キッドはただ黙々と繰り返した。

 二十を数えたところで、聞き慣れた友人の声が彼を呼んだ。目を向ければ、薄れはじめた朝靄のなかに、特徴的なシルエットの銀髪が見えた。
「ソウルか」
 掴んでいた鉄棒を離す。ふ、と僅か一瞬、身体は浮遊感を覚える。衝撃を吸収するよう膝を軽く曲げ、お手本通りの柔らかな着地をしたキッドに、「おはよーさん」と低い声が掛けられた。
「何やってんだ? こんな朝っぱらから」
「トレーニングを、少しな」
「へェ。休みだっつーのに真面目なこって」
「お前こそ、どうした。こんな時間に」
 朝、と言ってもまだ、空が漸く白み始めた程度の時間帯だ。普段のソウルの生活リズムならば、未だ夢の中であろうことは想像に難くなかった。
「……んーなんか、…………目ェ醒めちまって」
 曖昧に言葉を濁したあと、ちょっとコンビニ、と手にしていたデスマートの袋を掲げて見せた。
「ほい水分補給」
「ああ、……すまんな」
 投げ渡されたミネラルウォーターのボトルを、開封して口をつける。まだ汗をかく程度でもなかったが、その心遣いが有難かった。

「戻るのか?」
「そうだなァ。寝なおすかなと」
「休日だからと言って、昼まで惰眠を貪るつもりではないだろうな」
 ちろりと睨み上げられて、ソウルは目を逸らし軽く口笛など吹いた。図星といったところだろう。
「今日はよく晴れそうだ。……出かける予定もないのなら、付き合え」
「じょーだん。やだよ面倒臭ェ」
「む、……」
 明け方の空気が冷えるのか、猫背気味の肩をぶるっと震わせたソウルに、「そうだな」と一人得心した様子で、キッドは頷いた。
「身体が冷えていてはな。よかろう、ウォームアップからキッチリやり直すか」
「っておい。人の話聞け」
「行くぞ」
「……ちょ、待! え、確定事項?!」
 ソウルの羽織ったパーカーの、フード部分を引き摺るようにして。俺の意志は、などというぼやきはまるで聞こえていないかのように、キッドはそのままランニングへと移行したのだった。