たらく死神さま!


01

「優れた指導者たるものは、」

  カツカツカツと殊更靴音高く歩く時は大概、何かへの苛立ち、或いは緊張を抱えているか。ともかく、彼の精神状態が平常とは異なるものであるということだ。
  移動にあわせてひらひらと揺れる、死神装束の尻尾を目で追いながらそんなことを考える。
「人を動かす、人を引きつける術を把握するという」
 カツ、と足音が止まる。落ちつきなく鏡の前を往復するのをやめ、くるりとソウルを振り返ったキッド、もとい『新・死神様』は、被っていた面を額の上へ押し上げた。その手の中には、文庫サイズの書籍がある。
 ビジネス書か何かだろうか。
 相談がある、とデスルームに呼び出された昼休み。なんとなく、あまり良い予感はしていなかったが、思いつめたような色をした金の瞳にじっと見詰められて、ソウルはますますその疑惑を色濃くした。

  彼が父の後を継ぎ、死神武器専門学校の長としての立場に就いてからもう数カ月が経ったろうか。
 デスサイズスの一員として、他の生徒よりもより近しい位置で世界秩序の番人、死神としてのキッドを見て来たソウルは、彼がこれまでの『死神様の一人息子』としての立場とは全く異なった類の苦労を重ねていることも、なんとなくだが察してはいる。
(あんま、言わねーけどさ)
 デスサイズスとして特命を受けることも、これまで通り友人として接することもあった。けれど、死神として正式にデスルームに立った時からどんな時でも彼は決して、泣き言を漏らすようなことはしなかった。常に背筋を伸ばし前を向き、規律の守護者として常に聡明であろうとしてきた。

  だからこそ。
 彼が他者の助力を願うのなら。自分を頼りたいと思うのなら。出来うる限り応えてやりたいとは思うのだ。部下として。友人として。共に死線を越えて来た、仲間として。……それ以上は、
(…………今は、まだ…………な)
 親愛や憧憬と呼ぶにはあまりにも、曖昧な色をした想いは言葉にするタイミングを失ったまま、ソウルの胸の内に留まっている。
 今はまだ、その時ではなかろうというブレーキは、互いの立場を考慮するものでもあり、単純に臆病でもあるということを、知りながらもただ過ぎてゆく日々に、思う所は無いでもないのだが。

「で、その……人を、動かす術が、どうしたって?」
 邪念を振り切るように、作り笑いを浮かべてみせた。そんな事を考えるのは後回しのはずだ。その時は確かに純粋な使命感から、ソウルはそう考えていた。



――――……後に、思わぬ形で裏切られるなどと、流石に予想することは、できなかった。