03 珍しく、自分で紅茶など淹れる気になったのは、昔の事を思い出したせいだろうか。 そしてそれは、ある種の予兆のようなもの、だったのかもしれない。 ティーカップの紅茶を静かに啜る。少なくとも渋すぎはしなかった。いつかの頃よりは上手く淹れられたかなと、懐かしく思いながら、ウェス・エヴァンスはテレビ画面に映し出されている中継映像を、複雑な表情で眺めていた。 「…………また、婆さんがびっくりするんだろうなぁ……」 漸く捻りだした感想がそれだ。 かく言う自分だって、相当に驚いてはいた。 代替わりしたという年若い死神様の、隣に立つ魔武器。『ラストデスサイズ』などという物々しい肩書で紹介された人物は、彼の弟、ソウル・エヴァンスその人であったからだ。 この家から、弟を見送ってもう、何年になっただろうか。 色褪せた記憶が、いくらか精悍になった面差しに重なる。 そちらでの生活はどうか。変わりはないか。偶には顔を見せに戻らないか。幾度か送った手紙には悉く返事がなかった。便りが無いのは無事の証拠であると、両親を宥めながら兄であるウェス自身が、なによりそのことを寂しく思っていた。 (それがまあ……まさか、こんな) カチャン、とカップをソーサーに戻す音が高く響いた。少しの興奮が、そこに顕れていた。 海外公演に出ている両親は、帰路についている頃だろうか。きっとどこかで、このニュースを耳にしているに違いない。彼らの仰天する様を思い描いて、ウェスは肩を揺らし、愉快そうに小さく笑った。 新しき『規律』の誕生を、祝う紙吹雪が舞い散る中、ソウルが披露するピアノがさらに、祝賀のムードを盛り上げる。 あんな小さな鍵盤で、音響設備もなにもない、あれだけの広さの会場を湧かす程の音を発するとは。 その仕組みを不思議に思いながらも、数年ぶりに耳にする弟の旋律に、浸るようにウェスは瞳を閉じる。 死武専からの招致を受けるより前。ソウルはいつも技巧的でコンクール映えするような、たおやかで華麗なものばかりを、意識的に選んでいたのではなかったか。 けれどいま、場に合わせたのであろう彼のピアノは、遠くネバダの地でソウルが奏でる旋律は、砂漠の乾いた風と灼熱の太陽を、音で表すかのように、踊るような躍動感を伝えてくる。 (……けど、確かにソウルの音、だ) それがどんなものでも。 旋律は、奏者の魂の断片であるのだと、ソウルに教えたのは決して、音楽書の受け売りではない。 一見、粗暴と紙一重とも言えそうな、嵐の様な情熱的な荒々しさで叩きつけられるその音は、けれど祈りのような繊細さをその内側に隠して、激しく揺れ動いている。 「うん。…………やっぱり、好きだな」 その曲調に関わらず、弟の旋律はいつも、一篇の美しい詩に出逢った時の様な、新鮮な感動をウェスに齎した。 幼いころは素直な笑顔で。 年を重ねるにつれ、少しの戸惑いを誤魔化すような様子で。 そのピアノが好きだと、いつも変わらぬ言葉で伝えたウェスに、応えたソウルの移り変わりを思いだす。 「……っと。電話?」 追憶に沈みかけた思考を遮るように、メイドから電話の取次ぎが入る。 両親か祖母か、それとも。いずれにしても、いまこのタイミングでかかってくる電話なら、用件はひとつしかないだろう。 ソファから腰を上げ、受話器を受け取りながら、ウェスはちらと視界の端にテレビの画面を映す。弟の姿は、もうそこには無かった。 「今なら、どんな顔するだろうな……?」 想像して、くすりと笑いを漏らす。 その音が、好きだと。 告げれば今のソウルは、一体どんな表情を作るのだろうか。 そんな事を考え、電話に応対しながらウェスは頭の中で既に、ネバダ近郊での公演スケジュールを探している。 サプライズ的なデス・シティー来訪計画を、練りながら兄は一人、いかにも楽しげな笑みを浮かべるのだった。 <…END?> |