03 髪を引っ張られ、痛みに頭を抑えたソウルの、相変わらず軟体動物のような力の抜けた身体が、ずるずるとキッドの上を滑り落ちる。そのまま床に寝転がるか、と思ったキッドの予想に反し、 「……ソーウール」 「んーー……ふふふ……へへ……」 それは丁度、膝枕のような体制で。キッドの腰にしがみつき、腿のあたりに頭を安定させると、何が楽しいのかソウルは一人へらへらと笑った。 「ひーざーまーくーらー」 「……子供か!」 「うひひー……へは」 「固いだろうが」 「んー?」 なにせ男の膝だからな、と考えた傍から、「うんにゃ、やわい」と続いた言葉は少なからずキッドの矜持を傷付けた。運動量の割に筋肉がないのは本人の気にする所であったから。 (酔っ払い相手に何を言っても……) 自分を落ちつかせようと努める。多少のむかつきはあったが、それでも、頬ずりするような仕草を見ていると、なんとなく真剣に腹を立てるのが馬鹿馬鹿しくなる。 「動くな、擽ったい」 「へへー。……んー……ふふーん……」 鼻歌の様なものを上機嫌に歌いながら、皮靴を脱いだ両足をぶらぶら子供のように揺らす、ソウルの顔は耳まで赤い。とろんとしてどこにも焦点を結ばぬ目と、下がった眉尻が無防備な表情を作り、彼をいつもより数段幼く見せていた。 「スーツが、皺になるぞ」 「へはははは」 笑うばかりでさっぱり会話にならない。キッドは何度目かの溜息をついた。いったいアルコールというものが、どんなふうに彼の心を動かしているのかよく分からない。 酔いに濁ったその目には、何が映っているのだろうか。覗きこんでみても分かりはしまい。 だってそれは、普段の互いでさえ。 「………………日々の生活が、不満か? ソウル」 答える筈はないと分かっている。だからこれは、独り言だ。 未だ、何も分かりはしないのだ、と、彼は言った。 「それとも、不安か」 心の柔らかい部分を、引っ掻かれるような苛立ちを覚えるのはきっと、自分にも当てはまるところがあるせいだろう。 「なあ」 膝に頭を埋めたまま、静かになったソウルの白銀髪に振れ、そっと梳いてみる。まどろみに揺られ、時折うにゃうにゃと意味のない言葉の切れはしがその唇から零れ落ちた。 こんなになるまで飲むことなど、これまでには無かった。慣れぬ場の雰囲気に飲まれたのだろうと、頭から決めてかかっていたのだが。 酔うことでしか霧散し得ぬなにかを、抱えていたのだろうか。そんなことを考え、ふ、とまた溜息が零れる。 自分もやはり、彼の事を何も分かってはいないのかもしれない。 人の身に、聞こえないものが聞こえ見えないものが見えたとて。一番肝心なものはいつも、なにも、見えないのだ。 「おまえは、なにが欲しいんだ?」 問いかける振りをして、自らに問う。 友人という枠組に、納まりきれなくなったその感情に、先に名前を付けたのはどちらだったかは知らない。互いの想いを交換したその時、ソウルは言った。傍にいられればそれでいい、と。 緊張に掠れた声で言って、少し照れたように顔を歪ませた、不器用な笑みを思い出す。 そんな言葉に甘えるようにして。この街に、死武専に、自分の元に。戦略上の観点を盾にしてさえ、彼をこの手元に縛りつけて、そして俺は、何を欲するというんだろうか? |