KISS ME BABY


04

 死刑台邸へのさして長くもない道のりを、二人で歩いているのは『送っていく』というソウルの申し出によるものだ。
「家でいちゃつくな、っつって」
「……マカが?」
「いや、ま、直接そー言われるワケじゃねェけど」
 無言の圧力が何より堪えるのだ、と苦笑するソウルに「そういうものか」と応えながら、いかんな、とキッドは思う。思ったより長居をしてしまったようだった。少し、遠慮が足りなかったのかもしれない。
(どうにも、時が経つのを忘れてしまう)
 ただ傍に居るだけで、妙に落ち着くというか。彼の傍らに身を置くと、パートナーとも、友人とも異なる心地の良さを覚えるのだ。時間を意識することを忘れてしまう程、つまりそれだけソウルと過ごす時が、自分にとって重要なものであるのだということを、自覚する。
 
(――しかし、…………そうか。マカは知っているのか)
 ふと己のパートナーのことを思う。リズやパティには、隠しだてしているわけでもないが、特に何も聞いてはこない。気付いていて、あるいは気遣われているのか。
 どう思う、と問いかけようとして顔を上げたキッドと、ソウルの視線がかち合った。
「……あの、さ」
「ん? うん」
 先に問いかけられ、応えて首を軽く傾げる。先程から、ソウルの何か言いたげな気配は感じていた。
 目が合うと、一瞬怯んだような様子を見せたソウルが、やがてぎこちなく笑みを浮かべ「実際さ」と聞いてきた。
「どうなのかと思って」
「何がだ」
「やーその……いちゃつくっつーか、……あーいうのは」
 嫌か、と聞く語尾がどこか頼りない。
「ああいう……? …………! あ、……ああ、」
 浮かべた疑問符に、自己解決してキッドの頬がさっと染まる。
 今更ながら気が付いた。半ば追い出されるようにしてアパートを出た時から、ソウルの足取りが若干重いのも。どこかそわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせていた理由も。
 正直、気まずかったのだ。ああいう深いキスを、したのは今日が初めてだったから。
 思い出して、それまで自然に話していたのが嘘であったかのように、空気がぎこちなくなる。
(――……不思議だ)
 熱の上る頬を隠すように、顔を背けコートの襟を立てる。
 ただの友人であったころには、持ち得なかった感情。近くありたいと願い、けれど近付くほどに戸惑いを覚える。触れては離れ、離れてはまた触れたくなる。ひとときの熱情に翻弄されているようで、心もとなく思うこともあるのだけれど。
「…………別に、嫌じゃない」
 そのような心の動きを、以前より興味深く――『楽しく』、思える余裕が、今はある。
 ほんの少しだけ、ではあるが。
「そっか」
 先程より緊張を緩めた表情で、言ったソウルが通りを吹き抜けた冷たい風に首を縮こめた。

「もーちょい、あったかくなったらさー」
 巻いたマフラーに顔を埋めるようにして、風を凌いでいたソウルが呟く。
「ちょっと、遠出でも、……とか?」
「遠出?」
「あ、いや。別に近場でも、いんだけどよ」
「とにかく、出かけたいのだな」
「……うーーん、…………まあ」
 曖昧に言葉を濁し、頷いたソウルに、「よし、」とキッドは顔を上げた。
 たしかにこのところ、気候のこともあって室内で過ごす日が多かったように思う。それぞれに趣味の事をして過ごす時間も、決して嫌いではないのだが。もしかしたら、少しばかり退屈をさせてしまったのかも、しれない。
「なら、俺が」
「……『完璧なプロデュースをしてやろう』?」
「完璧な…………先回りするんじゃない」
「お約束だもんな」
「む」
 なんとなくだが馬鹿にされているような気がした。黙り込んだキッドの、むっとした表情を認めて、彼の隣を歩いていたソウルは、クク、と低い笑い声を漏らした。
「……ま、期待してるわ」
「まかせておけ」
「ちなみに、どこ行く予定?」
「いま話してしまっては楽しみがなくなるだろう」
「…………そんなサプライズなトコかよ」


 微妙に警戒した表情のソウルに、今度はキッドがくすりと笑みを返す。
 他愛ない話を重ねながら、身を寄せ合うようにして、歩く死刑台邸までの道のり。夕照で橙に染まる石畳の道に、並ぶ二つの影法師が、今は一つになっている。
(少し歩き辛いのが難だが、……)
 偶の事ならばかまわないだろう、と、言い訳のようにそんな事を考えて。
 なんとなく、ソウルの真似をして肩をすぼめる。コートごしに触れ合う肩口が、何故だかやけに、温かかった。




[...to be continued ? ]