ランケット


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 いつだって彼は、『先に寝ていろ』と言う。
 それでも起きて待っていたらば、寝ていろと言っただろうと怒るし、真に受けて先に寝ていればそれはそれで、次の日少し機嫌が悪いのだ。決して口にはしないが、それぐらいの事が分からずして恋人を名乗れよう筈も無い。
 まったくもって、死神というやつは気難しい。
 それともあいつが特別に気難しい死神なのだか、などと思いながらソウルはテーブルの上にあるビデオのリモコンを手繰り寄せた。
 流れ始めたエンドロールが停止し、室内から音が消える。
 借りてきた映画は古典的ホラーばかりで、ストーリーの単調さは予想の範囲内ではあったが映像的にもあまり見るべき所はなく。
 まぁヒマ潰しぐらいにはなったかな、と一つ大きな欠伸をする。
「……昔のゾンビって、足遅ェよなあ、っと……」
 緩慢な動きで迫ってくる『動く死体』はそれなりに恐怖を煽る演出ではあったが、実際のところ過去に対面したゾンビ――魂を抜きとられ、クリーチャーと化した「人間であったもの」達は、全速力で走れば振りきれるようなノロマなやつばかりではなかったように思う。
  それに何より死武専には、驚異の身体能力を持つ『三つ星職人ゾンビ』が実在するだけに、どうにも違和感は拭えない。
 元々の素材が良いからかそれとも制作工程が違うのだろうか。製作者に一度聞いてはみたいが、聞いたが最後自分が二体目のゾンビにされかねない。
 口で説明するより体験してみたほうが早かろうと、にこやかな笑みを浮かべるシュタインの顔が、ソウルには容易に想像できた。
「そりゃ勘弁だな」
 好奇心は猫をも殺すってもんだ、と誰に言うでなく呟いて、音もなく砂嵐を映し出すテレビの電源を落とす。
 特別好んでいるという意識もないのだが、気が付けば借りてくるビデオはホラーやB級スプラッタムービーに偏っている気はしないでもない。
 そしてそれらは、主にこうしてキッドを待つための時間に消費され、二人で共に見ることは少ない。
 『いつも見ているものをどうして家でも見なければいかんのだ』――と。
 心の底から不思議そうな顔をするキッドを思い出し、ソウルは軽く苦笑した。
 確かに彼の言い分は正論だと、分かってはいる。
 だからこれは在る意味、自らの日常を娯楽として提供される恐怖と同レベルのものとして落とし込み無意識に精神のバランスを保とうとする作業、でもあるのかもしれない。
 そんな無駄とも思える作業を必要としない彼と、自分との差異を思う。
 死というものを司り死そのものでもある彼と、たとえどれだけの死線をくぐり抜けようともそれを非日常としてできるだけ遠ざけようとする自分と。
 どれだけ近しく見えようと、類を異にするものである以上互いの根本には違和感が存在し、そしてそれを互いに理解することは、きっとできはしない。……それだけを『理解して』いればいいのだと、割り切る事ができないから今日もこうしてくだらない娯楽映画なんかを見て“わかりやすい理屈”を求め、“わからないことの恐怖”を薄めようとするのだろうか――?


「……ふぁ」

 取り留めのない思考は、自然と口から零れた大欠伸によって打ち切られた。
 目尻に滲んだ涙を拭い、壁の時計に視線を投げる。長針と短針がキッチリ90度になっている所までを認識して、ソウルはぼすんとカウチソファに身を投げた。
 どうやら今日は朝帰りコースらしい。
 どちらかといえば朝より夜が得意なソウルではあったが、野営の見張りならともかく温かな我が家に一人きり、空が白む頃まで寝ずの番は少し辛い。
 キッドが戻るまでの間、少しぐらいの仮眠なら許されるだろ、と足元で蟠っていたブランケットを胸まで引き上げ、そのまま彼は訪れる睡魔に身を委ねた。