ランケット


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 不貞腐れていたんだろう、と思う。
 どこまでも、荒涼とした大地が広がるだけの車窓はひどく退屈だったから。
 黙り込んでいたら、どうしたと気遣われるのが面倒で、目を閉じて寝たふりをしていた。
 きっと遊び疲れたんだよと、広い掌が軽く頭を撫でる。
 潜めた話声はよく聞き取れない。
 難しい子にもみえたけれど――、という会話の切れ端が耳に届き、穏やかな笑いを残して、話声は途切れた。

 むつかしい、というのがどんな意味を持っているのかよくわからなかったが、なんとなく、あいつの事だろうなと目は相変わらず閉じたまま考える。
 死神様の真似でもしたみたいに、真っ黒な格好で。
 なんにも話さないかと思ったら、ヘンに小難しいことばかり言いだして。
 そのくせ、どんな子供でも普通に知ってるような事を知らなくて。
 なにがそんなに珍しいのか、しきりと髪に触りたがってうっとおしかったから。
 おまえの髪の毛は変わってんなと、言ってやったらそれだけで、急にべそべそと泣きだした。
 今まで出会ったどんな奴より一番、ヘンな奴。

 名前は、……泣いたり怒ったり忙しくて、結局まともに聞けなかったんだっけ。
 少しだけ、後悔しているのを、不思議に思う。
 今までは、退屈なパーティーを一緒に抜け出す相手と、冒険するための路地裏さえそこにあれば。相手の名前なんて、言葉だって必要なかったのに。
 それなのに、なんであいつのことだけが、こんなに気になるんだろう。
 屋敷。庭園。秘密の屋根裏。一緒に過ごしたごく僅かな時間。
 探検したいところは、本当はもっともっとあったのだけれど。

 ごつ、と窓に額をぶつけるみたいに押しつける。
 さよならも、まともに言わなかった。だからこんなに、胸がもやもやとするんだろうか。
 額に伝わる冷たい硝子の感触に、冷えた小さな手を思い出す。
 寄り添ったあたたかさと、ぎこちなく浮かべた笑顔。
 すぐに泣くし、怒るけど、笑うのは、ちょっとだけヘタだった。
 別れ際、今にも泣きそうな瞳で、袖を掴んだ掌の主に。
 たとえ嘘でも、約束してやればよかったんだろうか――?

 できなかったから。それができもしないことだと、分かっているから。
 だからきっと、不貞腐れていたんだろう、と思う。
 ちょっと傷ついたような表情を、隠す様にそっぽをむいて、何も言わず別れた。
 そうする以外に方法を知らなかった。あいつも。自分も。
 客車が小さく揺れて、薄く瞼を上げる。変わらず殺風景な景色は、いつしか夕闇に沈んでいる。
 あの街はもう、遠くなった。
 異国の車窓を流れる風景と同じ、記憶は否応なく過去へと押し流されていって、その事が何故か哀しくて。
 ぎゅっと、固く目を瞑る。
 ――瞳から、思い出が零れ落ちてしまわないように。