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Dance with me. ■■
01
屋上から校庭を見下ろすと、丁度ファイアーストームの井桁に火が灯されたところだった。あたりが薄闇に沈む中、天に向かって伸びる炎が揺らめくさまは幻想的で、周囲を囲む生徒から歓声が上がるのが小さく聞こえる。
やがて軽やかな音楽が流れ、生徒達の輪が動き出した。後夜祭は、定番のフォークダンスで締められる。あたりの暗さも相俟って、誰が誰だか既に判別がつかないが、あの一際背の高い、フラフラと不安定に揺れる影はクロナだろうか。そうすると、その横で楽しげに踊るツインテールは、マカかもしれない。
炎が揺れる。無数の影が揺れる。あの影の数だけドラマがあるんだろうねえと、いくつかの影が輪から抜けていくのを見ながらぼんやり考える。後夜祭のフォークダンスで告白を試みる男女は少なくなく、抜けていった人影は、晴れて恋人同士となったんだろう。揺れる炎は人の心をも揺らすのか、割と成功率は高いらしい。燃え盛る炎に照らされた横顔は通常の三割増しで美しく映えて、その成功率を底上げしているんだという説もある。
そういえば昼間、キムをダンスに誘うんだっつって、オックス君が気張ってたっけな。三割増しで頭が眩しく見えなけりゃいいんだが。あの輪の中に二人がいるのかどうか、目を凝らしてみたがよく分からなかった。
「しかし健気だよなぁ、あいつ」
「誰がだ?」
ギィと背後の扉が開く重い音に重なって、独り言に応えるように掛けられた、聞き慣れた声。探したぞソウル、というキッドの声はややトーン低めで、カツカツと刻まれる靴音はいつもより少しだけ高い。そういう僅かな音の変化から、あまり彼の機嫌が宜しくない事を何とはなしに窺い知る。
「踊りに行かんのか?」
「んー?……ん、別に、」
柵に乗せた両腕の上に顎を置き、傍観者モードを決め込んだままの俺にキッドが問いかける。その声はこの場所からの退去を促すような含みを持ってはおらず、今の俺には有難かった。踊る気があるならとっくに行っている。ないからここにこうして居るのだ。
告白するような相手もいねーしな、という呟きは胸の中だけに仕舞っておいた。だって俺には既に愛しい恋人がいるわけだしと、左隣に立つキッドに目をやる。定位置のように俺の隣に納まったその肩を、抱き寄せるようなムードでないのが惜しい。こうやって探しに来てくれたのは嬉しいが、なにか気に触る事でもあったんだろうか。若干尖った空気に気圧されて、俺はその肩に手を回すのは諦め、再び校庭に視線を落とした。
少し前の、キッドと恋人同士になる以前の自分なら、彼をダンスに誘っただろうか。風に乗って流れてくるポルカに耳を傾けながら、ふとそんなことを考える。
(いや、無理だし)
前提条件の破綻した問いに、否定を返す。そりゃあ、クロナみたいなよくわからないのも混じってはいるが、基本的に男女で踊るもんだろ、フォークダンスってのは。
「お前は?いかねーの?」
口ではそう言いながら、でも本当はここにいて欲しいと願っている自分は天邪鬼だ。
恋人が俺ではない誰かと楽しげに踊る様子を、間近で見ているというのも気が進まなくてこんなところで時間を潰しているんだというのに。
(ガキかっつーの……)
子供じみた独占欲だと、分かっているから行くなとも言えず、さりとて積極的に背中を押す気にもなれず。そんなCOOLじゃない想いをほんの少しだけ視線に乗せて、その横顔を見つめる俺に、金の瞳に揺れる炎を映したままキッドは小さく溜息をついた。
「男同士では、踊れんだろう」
「!……え、ああ、まあ、な」
なにを当然のことを、といった調子で返されて、心が僅かに浮き足立つ。それはつまり、キッドも俺と同じ考えでいたんだと解釈してもいいんだろうか。いまひとつ読めないところの多い奴だが、思っているより通じ合っているんじゃなかろうか、俺達は。
……唯一つ疑問なのは、そんな甘い空気が一切伝わってこないところなんだが。校庭を見つめるキッドの横顔は心なし険しく、ここへ来た時からずっと、空気は妙に尖っている。恋人の言葉の意味と纏う空気の相違に悩む俺を、一瞥してキッドは温度の低い笑みを浮かべた。
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